えんじゅ:258号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCCXXXX\)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫


 3月、弥生。渋谷幕張高等学校第28期生卒業。
 21世紀重責を担う人達が巣立っていく。同窓会「槐」の名の下、意気軒昴。
 春の鳥 あけぼのくすを はなれたり
幸田露伴
 21世紀、変化の激しい多様性の社会。この時代を生きる智慧を身に付けるのは大変困難であり、特に未来そのものである青少年にとっては苦しいが同時にとても面白い時代とも云えよう。
 20世紀前半に活躍した社会学者デュルケーム(仏)は、同じような構造の組織が複数併存する社会を環節型社会と命名し、典型的なものとして血縁で繋がる同じ構造の氏族集団が複数併存している未開社会を挙げた。そしてこの未開社会は異質の機能を相互に補完しあう「分業型」の近代社会に進化していくと論説した。今日本は異質の機能を持つ個性的な人材が相互に刺激しあって力を発揮していく分業型社会が実現した時代に入ってきている。
 21世紀日本ではここで云う個性的人材を教育でどう育てていくかが求められているのである。
 所謂「エリート教育」、「グローバル人材育成」「リーダー養成」の議論が激しい所以である。エリートの語源はラテン語のeligere(選ぶ)であり、選ばれた人(electus)を意味する。その選抜は通常「卓越した能力」と「心構え」を測って行う。
 能力について云えば、「リーダー論」と重なるが一般的には、@人心掌握力と集団統率能力、A基本的理念の提示と説得力、B決断力と不屈の精神、C長期的な展望力と洞察力、D状況への敏感な反応力と融通性など多岐にわたるが、心構えの方は社会や人々に対する奉仕の精神や国家や公共への忠誠心、将来の指導者としての自覚と自律の精神など比較的明解である。然し社会が必要とする優れた資質を身につけた少数の選ばれた人の養成については、日本では今の処まだ確かな育成法が確定していないし、又大衆民主主義社会では少数のエリート養成を積極的に支持する基盤が形作られにくい。
 欧米における状況で云うならフランスのENAやアメリカのMBAのような高度な実務能力を備えた高級官僚、経営幹部の養成、イギリスのパブリックスクールを範とする教養教育、人格教育があるが、これ等の教育はまさに専門的な知識や技術の伝授だけでなく社会の指導者の育成に資していると云ってよい。ノーブレス・オブリージュ(貴なるものは責任がある)の体現をどのように育成するかはこれからの日本社会の最大の問題となろう。
 更に又これからの日本社会はいよいよ国際化を乗り越えてグローバル化社会の中で生きていかねばならず、その為に必要な「グローバル人材」と云われるリーダー(或はエリート)達を育成する必要がある。その数は同世代の約1割(10数万人)、日本全体では数100万人規模で必要になる。求められる資質は@自分の意見を持ち議論出来るAコミュニケーション能力を持ち世界の人々の信頼を得るB多様な価値観を理解尊重し自国の文化伝統を等身大で説明できるC人に尽くし国家社会に、そして世界に尽くせる人。このように相当多くの人材を育てる教育がこれから必要になると考えられている。
 自調自考生しっかり考えよう。


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平成25年(2013)3月1日改訂