えんじゅ:178号校長先生講話 |
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「自調自考」を考える(そのCLXX)幕張中学・高等学校校長田 村 哲 夫 |
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二月。如月。「日脚伸ぶ」「春隣」といった季語が使われ、光の春といわれる時、 渋谷幕張中学・高校は次の世代の「自調自考生」新進気鋭の諸君を迎えた。 そして、三月。弥生。日平均気温が五度以上となるいわゆる「植物期間」、植物が芽生え、草木のいよいよ 生い茂る「いやおいづき」に、自調自考の二十期生を送り出す。 冬薔薇の長き愁眉を開きけり 有馬朗人 卒業生たちの新しい出発を寿ぐかのように、記念講堂の前庭で、薔薇の新春の薫りが馥郁とただよっている。 二十世紀初頭(1902)、地球の自転軸のふらつきの計算式に当時誰も気がつかなかった変動要因(Z項=木村項)を考えつき、 世界に日本の科学の後進性克服を強く印象づけた木村栄博士は、二十世紀の日本人の活躍を次のように予測した。(帝国大学新聞1937年) 日本人の独創性について 「今日まで我が国が模擬時代にあったのも、これは創造時代に至る当然の経路であって我が国の科学者のふがいなさをとがむべきではない。 むしろ我が国も最近では漸次独創時代に移って来て居るから近い将来には根本的な独創家が科学以外の方面の大人物と共に出て来ると思う。」 この予測は、科学の分野では、湯川秀樹、中間子場の理論。朝永振一郎、くりこみ理論によるノーベル賞受賞となって証明されている。 (2月4日、本校の開校記念としてノーベル賞受賞小柴昌俊博士の講演があったが、朝永博士は小柴さんの結婚式の仲人であった。) そしてここで木村博士の言う他の分野の大人物出現については、第二次世界大戦の敗戦とその後の混乱等のなかでなかなかに評価しにくいところである。 ところで二十一世紀の日本はとなると、私は日本が「国際化」と「その伝統文化の充実」の双方が果せるかどうかでその発展が決められるのではと考えている。 第二次大戦中、外国との交流途絶が数年あっただけで、我が国の科学また社会の発展が全く停滞してしまった事(近くは中国の文化大革命の例)は、発展には 「国際化」(グローバリズム)が不可欠であることを示している。 そして、グローバリズムの進展は、同時に固有の各地各国の伝統古典文化の持つ意味を気づかせてくれた。 例を日本で考える。古今集仮名序に紀貫之は「あめつちをうごかし、めに見えぬ鬼神をも、あはれとおもはせ」るのが歌であると書いている。 言葉が、「たましひ」を持ち天地をも紙をも動かす力をもつという言霊の思想がはっきりと窺える。この日本独特の発想は、 ”日本の書”という世界を生む。 日本の書は、紀元前後に中国の文字に接することから始まり、平安の初めに仮名文字を生み、日本独特の和様の書が出来、結果<三色紙>と ちらし書きの世界が源氏物語と共に人類文化の多様性として世界中から愛され、親しまれている。 二十一世紀の自調自考生よ、このグローバリズムと伝統文化のバランスの尊重こそが、この世紀を生き抜く鍵となると考えているか。
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平成17年(2005)3月22日改訂