三月、弥生。渋谷教育学園幕張高校第二十一期生卒業。
卒業生、同窓会槐の名の下にいよいよ壱萬人に近い人達が、二十一世紀の世界を舞台に活躍することになった。
意気軒昂。
方丈の大庇より
春の蝶
高野素十
素十は、帝大医学部卒の医師である傍ら俳句活動に勤しんだ。
この時期、川面がキラキラ輝き、音がまるく響き、空気がやわらかに感じられるようになる。が「春は名のみの風の寒さや」と口ずさむ時期でもある。
快いこの季節、高一・高二生対象に医歯薬系大学ガイダンスが、卒業生を招いて行われた。
東大、千葉大在学中の先輩達の話しは大変興味深いものがあった。
現役の大学生達からの知的興奮と興味津々な刺激を感じながら、二十世紀に活躍したチャールズ=H=ハスキンズ(米)の著作「十二世紀のルネサンス」を思い起こした。
ハスキンズは十二歳でアルジェニーカレッジに入学し、十六歳という異例の若さで、ジョンズ=ホプキンス大学を卒業、その後パリとベルリンで研究生活を送り、帰国して母校の大学の講師となった時は二十歳になっていなかったという異色才能の人である。
二十世紀を代表する「中世史家」であると共に偉大な教育者でもあった。
米国を代表するハーバード大学で三十年間教授として過ごし歴史学界の指導的存在としての活躍と、多くの優秀な研究者を育てたことで有名である。学者としての「十二世紀のルネッサンス」で、十二世紀がヨーロッパ世界=西欧文明の決定的重要な形成期であり、思想や学問ばかりでなく、政治経済、宗教や社会生活など全ゆる面での飛躍的発展の基礎がこの時期築かれ、特に高等教育制度の側面では決定的に重要であったとし、その後の欧州の独自の姿はここから表れたと論証した。
「十一世紀の終わりに、学問は伝統的カリキュラム式自由学芸にほぼ完全に限られていた。十二世紀に……論理学や数学や天文学が新しく充実される一方、法学や医学そして神学の専門学部が存在するにいたる。大学はそれまで存在していなかった。西ヨーロッパには大学が存在するに足りるほどの十分な学問がなかったからである。大学はこの時期に知識が拡大したことでひとりでに生まれた。知的革命と制度上の革命は手をたずさえて進行したのである。」(大学の起源)
大学の基本学部と言われるものが「法学」「医学」「神学」であるという所以である。そして当時の学問の進展は、ギリシャ語、アラビア語からの翻訳、その結果として生じた科学と哲学の復興からはじまっている。
今日、「医学」では、社会的動向の大変化と学問としての発展を受けての「医療のコラボレーション」という新しい動きに対応して、新しい医学教育を模索しはじめている。
学問を学ぶ大学教育の変革は常にこうして進むのであろう。
自調自考の幕張生諸君、どうですか。
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