えんじゅ:209号


開校記念講演会

 

 去る三月四日、お茶の水女子 大学教授で数学者の藤原正彦さ んを講師にお迎えして、今年度 の開校記念講演会が行われまし た。
 ベストセラーとなった『国家 の品格』をはじめ、多くの著作 を世に送り出している藤原さん は、まさに当代きっての知識人 であり、その鋭い洞察力と許諾 に富んだ語りは、圧倒的な力で 聞くものをひきつけ、生徒たち は、終始興味深く講演に耳を傾 けておりました。
 まず、藤原さんは、二十一世 紀を生きる上で必要となる力と して、論理的思考力と知識、そ して情緒の三つをあげられまし た。藤原さんは、その中でも特 に「情緒」がいかに大事なもの であるかを、大変分かりやすく 説明して下さいました。藤原さ んの考える「情緒」とは教育に よって培われる、美的感受性や 情感、倫理観の総称であり、そ の中には「もののあはれ」や「側 隠の情」といった日本人が伝統 的に大事にしてきたものも含ま れています。藤原さんは、論理 的思考力は非常に大事なもので あるが、論理の出発点となる前 提を選択するのは、常に情緒で あり、情緒がおかしければ、前 提が間違ったものとなり、当然 結論も間違ったものとなってし まう。そのようなお話をされま した。よく考えてみれば当たり 前のことなのですが、当たり前 であるがゆえになかなか気がつ かない真実。それは、聞くもの の世界観を覆す破壊力を持ちま す。論理が全てであると考えが ちな現代人の目を覚まさせるお 話でありました。
 各年代において、やるべきこ とをしっかりとやること。たと えば、思春期に恋愛を経験した り、部活で挫折を味わうこと。 そのような、人と人のつながり の中でしか味わうことのできな い多様な経験こそが、情緒を育 むと藤原さんは言います。
 次に、藤原さんは、日本人の 美的感受性の鋭さは、世界でも 類を見ないものであるというお 話をして下さいました。万葉集、 源氏物語から徒然草に至るまで の古代中世の日本文学は、質、 量において西洋文学を庄倒して いたこと。悠久の自然を前にし て儚い人生をあわれに思う感受 性や、西洋においてはノイズと してしかとらえられない虫の音 を音楽として聞くことのできる 感性。それらの力が知識人のみ ならず一般人にも備わってい ること。藤原さんは、このよう な優れた日本の文化を誇りに思 い、それを学ぶことで、情緒を 養うことができると、力強く訴 えられました。また、藤原さん は、このような日本人の鋭い美 的感受性は、日本における数学 の発展と無関係ではないとも言 います。「荒海や佐渡に横たふ 天の川」この宇宙にまで広がっ ていく俳句の雄大な想像力こそ が、世界の中でも突出した、日 本の高い数学力の源にある。藤 原さんの紹介した岡潔の言葉に は、大変驚かされた生徒も多 かったようです。
 更に、日本の美的感受性の源 には、日本の自然があると藤原 さんは言います。日本の植生 は非常に豊かであり、秋になると 色とりどりの紅葉をみせます。 そのような日本の自然の豊 かさと繊細さ。それに加えて、 自然を征服する対象として考え た西洋人が持ちえなかった、自 然に跪く日本人の謙虚な心。そ れらがあったからこそ、世界に 誇れる美的感受性が育まれてき たのであり、これからも自然と 自然を尊敬する心を守り続けて いってほしいと藤原さんは言い ます。また、日本人のもつ自然 に対する謙虚さこそが、近代を 覆ってきた人間中心主義を是正 する最後の切り札となる。その ような言葉もありました。
 かくも偉大な文化を持ってい るにも関わらず、日本のエリー トたちは自国の文化に対して極 めて無知であり、それが世界の トップエリートに馬鹿にされる 原因になっていること。たとえ 英語ができても、文化的教養が 無ければ外国のエリートには全 く相手にされないこと。そのよ うな指摘は、生徒たちの学問に 対する考え方を根本的に変える ような説得力を持っていまし た。
 藤原さんは、繰り返し日本の 情緒こそ、二十一世紀の国際社 会で必要となるとおっしゃいま した。現代の社会を覆う市場万 能主義。すなわち弱肉強食肯定する 世界に対抗するためには、弱者を慮る 「惻隠の情」こそが必要である。 しかし、そのような弱いものいじめを嫌う日 本人の心が失われつつある。藤 原さんの嘆きと悲しみは、我々 の強い共感を呼びます。
 最後に、藤原さんは、生徒た ちに向けて、身分不相応な願い、 即ち野心を持て。そして、挫折 にもめげない執着心と、楽観的 に物事を考える姿勢を大事にし てほしいという、非常に励みに なる言葉を残して下さいまし た。そして、挫折から生徒が立 ち直るには、誰かに褒められた という経験を思い出すことが重 要となってくるのであり、教師 や親の役割は、生徒が本質的に よいことをしたときに、徹底的 に褒めてあげることに他ならな いという、大変興味深いお話も して下さいました。
 二十一世紀を生きる上で、 様々なヒントとなる言葉を残し て下さった藤原さんに対して、 感謝の念に堪えません。素晴ら しい日本の文化を見つめ直し、 現代社会の問題にぶつかってい く。そのような「温故知新」 の 精神を備えた生徒を育成するこ とこそが本校の社会的使命であ ると考えます。

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平成20年(2008)4月2日改訂