えんじゅ:224号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCCXV)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫


   「祝祭」が終了し、校内の熱気 と集中が収まり、一転静かな学 期の学校生活に戻る。  今年の静寂な二学期の生活は、 全国的規模で青少年を襲う「新 型インフルエンザ」=SWineflu= によって乱されて いる。本校でも学 級閉鎖を巳むなく された。 (今シラバスに よって示されてい る授業計画を完全 に実施する為の補 習授業計画を作成 しているところ。)  インフルエンザ の影響か、えんじゅ祭来 校者は昨年比二割 減であったが、そ れでも二日間で 一万人近い方々が学園祭=進化 生物学者ドーキンスの提唱する 「ミーム (Meme)・文化遺伝子」 (本校版)=を楽しまれ、生徒諸 君の達成感は充分に果たされた。  「未来想造」=未来を想像し創 造することをかけ合わせた表現= をテーマとして、素晴らしい展 示、パフォーマンスが展開された 二日間であったと言える。例年 にもました充実したものが伝え られていた。  ところで、青少年即未来とい う考えでこれからの時代に求め られるものを考えると、考え付 くのは、「国際化」と「伝統文化と というテーマであろう。  人類社会が「国際化」グロー バリズムの渦に巻きこまれる時、 各民族が人類社会から求められ るものに、各民族独自の文化が ある。昨年のことだが、「源氏物 語千年紀」が祝われ、世界中で 「研究者」によるこの世界最古の 紫式部という女性の著した長編 小説の解釈研究が発表され、内 外からの言説、異分野交流によ る新しい地平が開かれてきてい る経験が私達にはある。
こうした経験が、国際化がもたら す諸状況に対応する私達の姿勢 を作り上げていくのであろう。  伝統文化と言えば、今日本は、 秋の農業収穫期を迎え、神に収 穫した新穀を供え祝う「秋祭り」 の時期となっている。  研究者によれば、冒本の祭り の主人公「神」 の助数詞には面 白い特徴があるという。  助数詞とは、ものを数える時 に使う接尾語のことで、数える 対象の性質、形状に従って使い 分けるので、そこには民族によ る独特の心的表現が入りこむ。
例えば中国語では、量詞と言う が、魚は「一条、両条…」、思い 出は「一串、両串…」と数える。  日本で紙は「枚」。鉛筆は「本」。 消しゴムは「個」。自動車は「台」。 箪笥は「梓」。動物は「匹」。兎 は「羽」。蝶は「頭」。牛馬は平 安時代には「匹」であった。  必ずしも上手く説明出来ない ものだがそこにそれぞれ民族の 心の内側に深く根ざしている心 情(集団的無意識) が表われて 来ると考えられている。  ところで、多神教の冒本では、 神を「柱」で数える。日本最古の 文献「古事記」 では、日本創成 時の神を「三柱の神」と表記して いるが、同時期、当時アジア地域 の共通語の漢文表記で作成され た「日本書紀」には「柱」の表記 はなく、「凡三神矣」と書く。一 神教は勿論多神教と言われる仏 教、道教にも神を数える言葉は なく、日本の神を数える文化は世 界的に極めて特殊だと言えよう。 それぞれの民族にそれぞれの文化 がたしかにあるようだ。面白い。  自調自考生どう考える。

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平成21年(2009)11月30日改訂