二月、如月。寒
さの為、衣を更に
重ねて着るところ
から、陰暦二月は
「衣更着」と呼ば
れる。そして立春
正月、渋幕中高
校は次世代自調
自考生を迎える。
三月、弥生。
植物の「いやおい」
の転じたもの。雛
祭り、春分。「植
物期間」 (日平
均五度以上) を
迎え、芽生えと共に自調自考
二十五期生を送り出す。
雲を浅る日の一筋や卒業す
大野林火
明るい日差しが卒業生の前途
を寿ぐかのように輝く。
昨年十月、世界的傾向に沿っ
て、法制審が成年年令の二十歳
から十八歳への引き下げを答申
した。これにより民法改正がな
されれば、高校卒業生は全員成
人となる。
ここで、成人を対象とする教
育=大学教育=について考えて
みよう。
未成年(子ども)対象の教育
とは違う最大の点は、教員と学
生が共に学問、探究を行うこと
を使命とする処であろう。
大学誕生期を記述した 『十二
世紀ルネッサンス (バスキンス
著)』 には、学ぶ希望を持つ人
が集まって教える人を探す記述
が印象的に在る。典型的な教養
大学として名高いアーマスト・
カレッジにおける学生の知的責
任に関する教授会宣言はまさに
このことを指摘する。「人の教
育とは、その人自身の知的努力
の結果である。自分自身を教育
しょうとしないものの教育はで
きない。」=自調自考こそ学習
の本質=それと西欧の教育論の
根本概念の一つと考えられてい
る「パイディア」 について考え
てみる。このギリシア語は、日
本語では「一般教養」と訳され
ている。プラトン初期著作の中
に 『プロタゴラス』 という名作
がある。アテネを訪れたソフィ
スト、プロタゴラスとソクラテ
スとの間の論争がテーマとなっ
ている。
作中、ソクラテスが友人青年
ヒッポクラテスに向かって「君
がプロタゴラスから学ぶこと
は、専門的技術として学ぶの
ではなく、一個の素人としての
自由人が学ぶにふさわしいもの
として、一般教養のためなのだ
ね。」 と云う。こうしてもとも
とは「子育て」といった意味し
か持たなかったこの言葉「パイ
ディア」は、プラトンによって、
哲学的含蓄を与えられ、後世の
研究発展により一層深められ、
「教養」という大学における教
育の重要対象が出来上がってい
くのである。
そして、注目すべきは、ここ
で職業的な専門知に対抗して、
自由人にふさわしい教養という
意味で「パイディア」という言
葉が使われていることである。
「明晰性」と「厳密性」を追
求する、「職業に関わる専門知」
と「自然と文化に関わる諸学問
(教養)」はこうして共に、自己
変容としての人間形成の扉とし
て、大学教育の二本の重要な柱
となってくる。
「自調自考生」にエールを。
自調自考生どう考える。
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