えんじゅ:243号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCCXXXW)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫


 七月、文月フミツキ。  七夕タナバタに詩歌の文を託す月。八月、葉月ハヅキ。陰暦の中秋黄葉の訪れの月。平成二十三年は、一学期を終了し、夏休みを迎える。
 一学期は、地区別父母との懇談会(前期報告書参照)、授業公開研究授業、メモリアルコンサート(高三松尾共演)、中学研修(野田・鎌倉) で幕を閉じた。
 そして生徒諸君は、毎日の生活の過ごし方の主導権を学校から取り戻し、一人一人が自分の時間をどのように使うかを自由に決める夏休みに入る。
 毎日ほぼ十時間に余る時間がある。期間は六週間。「家の作りようは夏をむねとすべし」 (徒然草・兼好法師)高温多湿の日本の夏だからこそ「自調自考」を最大に発揮すべき時となる。ここの過ごし方によって、二学期以降の学校生活に大きな影響をモタラすものであることを充分承知して、実りのある六週間にしてほしい。
 その際「習慣は第二の自然である」(モンテーニュ)と言われるように、この間の正しい生活 習慣が身につくかどうかが極めて大事なポイントとなる。「努力によって得られる習慣だけが善 である」(カント)。この努力によって得られる善とは何か。これを考えるには、次に示す串田孫一の言葉がある。
 「若いうちは何かになりたいという夢を持つのは素晴らしい。しかし同時にもっと大切なこと として、いかに生きるかということがある。日々の行いを選び積み重ねること、その努力こそ が良い習慣を身につけさせ、人生の行方を定めるのだ」
 又最近の脳科学の研究で、目的が最初にあって行動が生まれるというわけでもないことがわ かってきた。目的とは、多くの場合とった行動に対して脳が後から付ける理屈のようなものだ そうだ。脳の働きからみれば、とりあえず行動があって、その後に目的や成果がついて来るも のと考えられている。何よりも行動、そしてそれを支える善い習慣こそが実は何より大切なも のだと考えてよいだろう。
 ラテン語の「アヌス・ミラービリス」がもとになっていて英国の1666年を指す「驚異の年」と 訳される年がある。ロンドン大火、ペストの全土猖獗ショウケツ、そして世界帝国への出発と考えられるオランダとの海戦勝利。こんなことが重なった年である。
 歴史家ポール・ケネディ(英)は近著「世界の運命」で、今年のことを「驚異の年」になぞらえて記述している。2011年は、たしかにその前半だけでも「いかに多くの出来事が凝縮していたか」に気付くであろう。
 北アフリカでの「ジャスミン革命」からはじまった民主化への波動は、チュニジア、エジプ トからリビア、シリア、イエメン等の国々に及び今まさに格闘中でその行方はまだわからない。 欧州ユーロ圏の財政問題からの経済危機がどこまで行くか。又我々の国での世界規模の「東日 本大震災」「原発問題」等々の結果もいよいよこれから。
 恐るべき「驚異の年」の後半が七月からいよいよはじまる。
 私達は、今年前半の経験で「運命と未来」は人まかせには出来ないのだと痛感した。
 やるべきことをしっかりと着実に実行する夏休みにしよう。自調自考生よ。


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平成23年(2011)7月20日改訂