えんじゅ:246号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCCXXXZ)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫


 渋谷教育学園幕張中学高等学校の2学期が終了する。
 冬休みの後、登校する時は、21世紀、12年目となる。
 さて、英国史は、AD1666年を「アヌス、ミラービリス」(ラテン語)として、「驚異の年」と記録している。ロンドン大火、欧州を含んでのペストの全国的猖獗しょうけつ、そして英国の世界帝国の雄飛のきっかけとなったオランダとの海戦勝利。こうしたことが重なった年で、それ以降の英国、世界、更には人々の生き方の転換期となったと評されたので驚異の年と云われている。
 年の瀬を迎え、今年は日本にとっても又世界にとっても「アヌス、ミラービリス」の年であったのではないかと考えている。イスラム世界の変動を予兆したと云われた2月の「ジャスミン革命」の波動は、アラブ世界を揺るがし、欧州ユーロ圏の財政危機問題、ウォール街デモは先行き不透明。何れにせよこれからの人々の生き方に大きな影響を与える事件の結着は進行中で変化は予想されるがまだ正確にはわからない。
 若者の4人に3人は先行きに不安を覚え、未来に悲観的と云われる日本。これはなんと云っても、3・11東日本大震災の影響に触れないわけにはいかない。
 マグニチュード9.0の大地震、超巨大津波、原子力発電機事故、放射能汚染、そして風評被害。これら多重災害は、日本のみならず世界の人々に大きな影響を与え、人々の生き方にも影をおとした。
 巨大な自然の力を目前にして人間の無力感は増幅された。特にアジア大陸プレートと太平洋プレートの狭間に在って火山地帯の上に在り、500〜600年に一度は大震災を経験する日本ではこの影響は大きくなって表れた。
 先ず人々は生き方において、「利他的行為」を実行した。タイガーマスク事件の多発、ボランティア活動の活発活性化。特に中高年層の動きは顕著なものがあった。そして一方寺田寅彦がその著「日本人の自然観」に記述した通りに、「日本人独特の無常感」が露出する。寅彦は「天然の無常」という言葉で表現しているが、自然の巨大な力を前にして日本人は「自然に抵抗するのではなく調和するように生きようとする」と云う。
 私が考えるには無常=人生は常ではなく、はかないもの=と自覚することから、日本人は云わば、「暗い無常感」と「明るい無常感」を使い分けをするようだ。「暗い」方は「平家物語」祇園精舎の鐘の声、諸行無常のことわりありの仏教的無常感。一方「明るい」方は、宮沢賢治の思想に代表される無常感である。
 法華経信仰者であった賢治は、「雨ニモマケズ」の詩で、自然のなかで、涙をながし、おろおろ歩き「デクノボウ」と呼ばれる生き方を称揚し、「農民芸術概論綱要」では、「万人の幸福が実現しなければ、一人の幸福はありえない。」と強く主張して、強力な自然のなかでの人の生き方を積極的に主張している。
 18世紀、ポルトガルの首都リスボンでの大地震災害は欧州の人達の生き方についての考えを変えた。
 当時支配的な考え方=全能なる神の造る予定調和的社会観(ライプニッツ弁神論)=に対しヴォルテール(仏)が書いた「カンディード」という小説はどんな不幸や悪事でも、全能なる神の御指図と考えることを嘲笑、からかっている。
 私は現代日本で生きるには自然に対し自己防衛でも諦念でもない人間に相応しい生への努力が自覚的に必要なのだ(自調自考)と考えているところだ。


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平成23年(2011)12月24日改訂