えんじゅ:247号


2012年
副校長 田村





 2012年、また新たな年を迎えることとなった。昨年は東日本大震災が起き、大きな転換点になる年と言われているが、今年はどうだろう。
 マヤ暦では、最後の年となっているようであるが、日本にとってはスタートの年とも言える。最近は維新なる言葉をよく耳にする。辞書で調べると、維新とは、「変革の意味を持ち、これあらたと読む」とあり、主に政治体制や社会体制の変革を意味するものとして使用されている。大きな変革を期待する機運が高まっているからであろうが、危うさも感じる言葉である。
 昨年の進路講演会において、人間の特徴の一つに長い時空間における想像力が挙げられていた。毎年、日本における閉塞感が年々強まっているように感じるが、一人ひとりが想像力を働かせることで閉塞感を克服し、夢や希望のある未来に馳せることを期待したい。



神様に頼む前に
副校長 松井





 新年おめでとうございます。
 初詣に行って何をお願いしましたか。
 私の初詣は、三つの神社に行って、一つずつ別の事をお願いする。神様にも専門があるでしょうし……。でも、お願いする前にすることがあります。一年間の反省です。日記のように、日々気付いた事、注意を受けた事、改良したい事などを書き留めたノートが大いに役立つのです。上手にできなかった所などの原因の追求と方策の検討が次年の目標設定に役立つのです。
 昨年は、三月の東北大震災で大変な被害を受け、苦しんでいる人々が多くいます。一日も早い復興を願うと同時に、原発も含め、原因の追求と方策の検討が十分にされているのかが心配です。大きな被害の復興には、小さい努力の積み重ねが必要でしょう。勉強も同じような気がしますがどうでしょう。


 

共感すること
中学1学年主任 篠崎





 大きな哀しみが日本中を包み込んだ年が明けました。不安な気持ちを抱えていた新入生も日に日に緊張が解け、明るい笑顔に勇気をもらいました。
 しかし、年が明けても未だに苦しんでいる人たちがいることを忘れてはいけません。気になるのは、日々広がる被災地の人たちとの温度差です。この人たちの思いに共感し続けることが大切だと思います。
 共感するために必要なものは受け入れようという寛容な気持ちです。それは素直な気持ちからくるものです。
 文化祭では学年全体ョ、「生きる力を育み、未来の担い手を育成する」というESD(持続発展教育)の課題に目を向けました。この取り組みから得たものは大きく、それを継続して意識していくことで共感することにつながります。今年は「共感力」が求められる年になりそうです。



コトバノチカラ
中学2学年主任 高橋





 昨年はこの場で「毎日を記録すること」を推奨した。1年の終わりに歴史手帳を紐解くと、数多の言葉に助けられ、時には憤怒もした1年であった。
 「失敗しても生きてきた」は過去を過去のものとして受け入れることに今があるという勇気を与える。現状満足に堕さない限り、肯定的に生きていくことは善であると心を軽くする。
 「自己嫌悪は自己愛の裏返し」と切り返されると、羞恥の念さえも最早愛おしく感じられるから不思議である。とはいえ感受性が鈍っている時には、賢者の名言も珠玉の語彙も体には染みこまないから、単にアンテナを張り巡らしていればよいわけではないところに、人間が機械ではない難しさがつきまとう。
 白眉は「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい」という(yuki)の歌詞であった。新年のご挨拶としても実に据わりがよい。



将来の夢を語ろう
中学3学年主任 佐藤





 入学してはや3年。そして、この4月からはついに高校生。
 ちょうど三年後の今日は、何をしているのか。おそらく君たちはセンター試験を目前にして、自分から必死に勉強していることだろう。とすれば、その頃には既に将来の目標もおよそ決まっているはず。ところで、それはいつ頃決めたのか。
 今、君たちは将来への夢を持っているだろうか。たしかにこの秋には文系か理系かを問う科目選択も始まるが、その前にまずは自分の将来への熱い夢を語ってほしい。科目選択のために自分の将来を決めるなんてつまらないではないか。そして、夢こそが次の段階で目標へと、そして自らを奮い立たせるモチベーションへと変わっていくはずだ。まもなく中高六か年の折り返し地点。もうそろそろ自分の将来の夢を友人と熱く語り合う姿を我々に見せてほしいと願う。



「正しく見る」
高校教頭 小河





 新しい年が明けた。昨年三月の大震災から十ヶ月が過ぎようとしている。復興への道のりはこれからが本番であり、原発事故終息への道筋は未だに不透明である。金融不安からの世界的な経済不況も重なり、閉塞的な重い空気が漂う。
 中三のニュージーランド研修出発日が震災当日に重なったが、保護者や現地校の協力のおかげで何とか実施できた。高一のシンガポール研修、北京研修も同様に実施できた。参加した生徒の気持ちは複雑だったと思うが、あの時期国外に出たことで違う視点を得たはずだ。
 とかく日本では、ものを考えるとき、目先ばかりに気をとられがちだが、それでは全体像を正しく捉えることができない。解決策は複数の視点で見て、そして深く考えることだろう。  この一年様々な経験を通し、視点が多角化することを望む。



渋幕生として
中学教頭 佐々木





 年末年始はスポーツ好きには、最高の時期である。サッカー、ラグビー、駅伝など、全国の地区予選を勝ち抜いたチーム、選手たちが集まり、最高峰を目指してのドラマが始まる。
 その中でも、ラグビーで試合の終了を「ノーサイド」とレフリーが告げることを、皆さんは知っていただろうか。一つの笛によって、今まで激烈な闘争をしていた選手たちの垣根が無くなり、よき勝者、よき敗者であれと、試合の後にも互いの健闘を称え合い、友情を育むことがラグビーの試合ではよく見られる習慣である。
 このように、相手の立場に立って、ちょっとした気配りや思いやりを持つことで、好感を持たれたり、友情が生まれたりするものである。出来れば、渋幕生として、登下校時や電車の中での一場面にでも照らし合わせてもらうと幸いである。



オプティ2012
高校1学年主任 村井





 この春、おめでとうを、声高らかに、言おうか、言うまいか。
9・11の記憶が未だ色褪せない中、私たちが3・11を経験した二千11。新しいイチイチ(元旦)を迎えるのに一抹の不安がつきまとった年明けです。けれども、悲観的にばかりもおられませんので、また一年、楽観を軸に進みたいと思います。二千ジユウニネンだけに、「自由にねン!」なんちゃって…。
 とはいえ、喉元過ぎれば…で、去年の夏前に皆で申し合わせた節電や節水の誓いも、いまや虚しき感が漂い、まことに緊張を保つというのは至難のこと、我が身を筆頭に人間の甘さ・愚かさを痛感する次第です。
 さて「イチイチ」ですが、不吉か否かは別に、面倒がり屋の常套句です。ここは発想転換、一つ一つを入念に行おう、という提言をCブロックに進む皆さんにお届けして、はぴぬいあ!



人間だもの。
人間だから・・・
高校2学年主任 深村





 恙なく新年を迎えられる有難味を実感する年始となった。
 未曾有の災害体験から学んだことの第一は、「絆」であろう。偶然家族や知人となり、交流を通して自然に芽生えた愛着や絶ち難い一体感。時に鬱陶しく感じながらも、孤独な生を生きる私たちの拠り所となる。
 第二に、「希望」である。長年築き上げてきたものが、一瞬のうちに消え去る恐怖や無力感は計り知れない。しかし、復興の思いを逞しく語る姿にどれほど勇気づけられたことか。
 人のつながりを感じづらい世の中になったと言う。夢を語りづらい不透明な時代と言う。しかし、極限状況での尊い言動は、人間の本質を表していると思いたい。負の面ばかりが注目される現代ではあるが、私たち人間は、私たちが思う以上に素晴らしい存在なのかもしれない。
 いい一年にしたい。



頂上に迷いなし!
高校3学年主任 井上





 頂上を目前にすると何故か気持ちが逸る。着実に歩むべきと分かっていても心が落ち着かない。突然の嵐も何とか過ぎ去り、今日は空気が澄んで、時折吹き付けてくる寒風に身が引き締まる。ふと足元をみると、登頂の瞬間を装うかのように、これまで長い時間をかけて歩んできた険峻な岩稜帯が陽光を受け銀色に光り輝き、穏やかに歩みを進めた長い尾根を覆う樹林帯が緑鮮やかに広がっている。ここまで来れば目指した頂上に少しも迷いはない。そして、君をここまで押し上げてくれた多くの人々のフォローへの感謝も忘れてはならない。
 さあ前を向こう。登りつめた頂上の向こう側には、遥か彼方まで広がる悠久の大地が、無限の可能性をもって君を待ち構えている。
※27期生の皆さん!ここまで本当に頑張りました。あと少しです。


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平成24年(2012)1月17日改訂