えんじゅ:249号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCCXXXX)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫


 3月、弥生。渋谷幕張高校第27期生の卒業式。槐同窓会の会員は10000人を越え、21世紀に活躍する人達を育む学舎いよいよ意気軒昂。
 季節に先駆けて咲く河津桜の開花の便りも、今年は遅れ勝ちの寒さの春であるが、日本人にとってはきってもきれない「桜」の季節。
 謡の名曲「田村」の一節に「よしありげなる姿にて玉ボウキを持ち、花かげを清め給ふは、花守にてましますか」とある。この季節には「花守」の季語がまことにふさわしい。
 一里はみな花守の子孫かや
芭蕉
  昼と夜の時間がほぼ同時間となる「春分の日」がおくられ、私達の生活のなかに新しい芽が出る時期「いやおひづき」である。学校は新しい学年を迎える準備に忙しい。
 旧年23年度、私達は3月11日の東北大震災事件が教えてくれた「地球上のどんな事柄でも現代は全地球規模に影響を及ぼすのだ」というまことに重要な経験をした。
 災害発生後、200余国から膨大な義援金がよせられ、世界中から日本に向けてのお見舞が殺到した。私達の学園にも沢山の外国の学校からお見舞=その中には学生達の寄せ書、千羽鶴等々があった。まさに世界は今繋がっているのである。
 私も昨年十月、パリでのユネスコ総会に参加した時、機会があって医学部で学んでいるフランス人の女子学生(2年生)と話す機会があった。そして彼女達医師の卵が夏に宮城仙台でボランティア活動に参加したことを聞いて喫驚した。彼女達は異口同音に「日本人のボランティア活動の熱心さ、特に中高年の活動に感動した」と述べていた。ちなみに、彼女達はその前年の夏は、アフリカにボランティア活動で行ったと言っていた。
 これからの若者は、常に世界を視野に入れ、地球規模で考え、自分や自分達の国がその中でどのように行動するかを考え実行する必要があることは明確である。
 これがグローバリズムと言われる言葉の内容なのだろう。
 但しこのグローバリズムという言葉を使う際、日本では充分気をつかわなければならないのは、単に「外圧に屈する」という意味でないことを特に附言しておきたい。
 よく「第3の開国」という言葉を耳にする。その際、第1の開国は「幕末・明治維新」。第2の開国は「第2次世界大戦敗戦」。そして常に日本という国はこれ等の時代の成果である「近代化」とか「民主化」といった変革を「外圧」によってしか実現出来ない国であるという間違った考えに支配されていないかを心配する。
 実際私達の国の歴史は、近現代大きく変革した。しかしその変革は単に外発的で順応主義的態度でのみ実現したものでないことは歴史が示している。
 良く外国の人から「日本人は自国のアイデンティティを失うことなくどのように欧米文明を取り入れたのか」と問われる。
 答えは、江戸時代の実学プラグマティズム=荻生徂徠の思想と福沢諭吉の思想=独立自尊のサイヤンス実学系譜が近代前後で断絶していない日本の政治思想の伝統を示しているということである。このプラグマティズムとナショナリズムの思想こそ日本のアイデンティティをつなげる鍵となったと考えている。自調自考生どうだい。




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平成24年(2012)4月7日改訂