えんじゅ:259号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCCL)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫

 

   三月、弥生。四月、卯月。
   この時期学校は卒業生を送り、新入生を迎える準備をする。
   二十一世紀活躍する人達を育む学舎いよいよ意気軒昴。
   温暖化がすすむとは云え、この時期に「桜」の開花宣言を全国で耳にする。
   季節に先駆けて咲く河津桜(伊豆)の開花の便りも今年は遅れがちと云うが、いよいよ日本人にとって切っても切れない「桜」の季節。
  本校も校庭の「桜」(第二グラウンドの染井吉野と第一グラウンドの八重桜)が順々に開花していく姿が楽しめる。
   謡の名曲「田村」の一節に「よしありげなる姿にて、玉箒を持ち、花かげを清め給ふは、花守にてましますか」とある。この季節には「花守」の季語がまことにふさわしい。

   一里はみな花守の子孫かや
     松尾芭蕉

   ところで、前回二十一世紀が求める「グローバル人材」と云われるエリート(或はリーダー)について論じた。
   如何なる社会でも、その社会と経済をうまく導くことの出来るエリート(リーダー)が必要である。特に先行きの見通しの困難な時代=グローバル時代はその典型=ほどリーダーが必要とされるであろう。
   そこで、これ等のエリート(リーダー)養成のための教育について続けて考えてみたい。
   古来よりエリート論はいろいろな角度で論ぜられている。
   統治エリートと非統治エリートに分けそれぞれの役割を明示して、指導者と中間管理職として分けて考える論(伊 ヴィルフレド・パレート、エリート論の先駆者として有名)。ドイツの有名な社会学者マックス・ウェーバーは「官僚の役割が重要な社会になっていることから官僚をエリートと判断」している。又アメリカのライト・ミルズは、企業経営者、政治指導者、軍部高官をエリートとみなしていた。
   つまり社会の多様なあり方でエリートとして働く職業にはそれぞれ違いがでる。
   日本では、高級官僚、企業経営者が代表的存在となっている。近年、官僚の地位が政治指導者に移りつつあるようにも見える。
   社会を動かす指導者がエリートであるから育てるべき必要資質としては、高い学力、人の為に献身的に尽くす性格、指導力、実行力等々が考えられ、これを保持・顕示出来ないと、圧倒的に数の多い非エリート層はついてこないが、これ等を意図的に育てるのは大変難しい。
   エリート(リーダー)を必要とする社会がどんどん増大する一方、なかなかエリート(リーダー)養成教育が実を結んでこないように見えるのはこうした困難さがあるからだ。    「リーダーは生まれついてのものだ」という言説が出てくる所以。
   然し、教育の根幹にあるもの、そして人を養成する最強のヒントは「その人のヤル気・意欲」を育てることであると考えると意外に方法が見えてくるものと考えている。
   人間らしさを表現する「新しく計画を立て、やる気を持って取り組む」は人の大脳皮質の前頭葉の働きの特色であり、脳中深く存在し活動している「側坐核」といわれる部分が人の「やる気・意欲」や「快感」に重要な役割を果たしていることが近年分子生物の手法で解明された。この部位は人の睡眠をコントロールする場所でもあった。
   どうやらリーダー養成の最大のヒントは「良く学び、良く遊び、良く眠る」にあるようだ。自調自考生どう考える。

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平成25年(2013)3月23日改訂