えんじゅ:261号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCCLII)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫

 

   五月、皐月(旧暦の月名)。
   行く春を惜しみ、夏のはじまりを感じる月。『日本の七十二候を楽しむ』(白井明大文、有賀一広絵)によれば、日本人は夏を次の六節気に分け、更にこまやかな季節の移ろいを取り入れ、それぞれを初候、次候、末候に分け、季節それぞれの出来事を名前に入れて、暦を楽しんで来た。立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑の六節気。  
  五月十七日は、この暦の呼び方によれば、立夏、末候竹笋生ずの季節になる。
   東洋一早い明治六年(1873年)に日本はそれ迄使っていた太陰暦を止め、太陽の運行観測結果を示す「天文暦」=カレンダー=を使うことになる。(改暦の詔書明治五年)  
   それ以降は、気節の移ろいによる日常生活の指針となる太陰暦と太陽暦双方を使う生活(文化)を大切にしてきている。暦注の先勝、大安など六曜(六輝)も使い、私達日本人はどうも宇宙を科学的に観測し、天文を学問として研究活動に熱中すると同時に、生活実感への暖かい肌ざわりを愛する生活感覚を「こよみ」として残す文化を大切にしてきたようである。ここで説明している二十四節気、七十二候季節表記は、江戸時代の宝暦暦、寛政暦といった旧暦の漢字表記をそのまま使っている。旧暦とは太陽暦と太陰暦を組み合わせた太陰太陽暦のことで、日本人の文化はこの感覚を大切にしていると云えよう。
   陰暦の月名「皐月」は田に苗を植える早苗月の略であり、英語の「MAY」はラテン語のマリウス(成長の神)を五月一日にまつったことに因むと云う。  
   月日は百代の過客にして
    行かふ年も又旅人也  芭蕉
    松尾芭蕉が弟子「曽良」を伴って「おくのほそ道」へ旅立った旧暦元禄二年三月二十七日(新暦五月十六日)に因みこの日を「旅の日」とする。  
   五月は旅に出るにふさわしい季節。新学年のスタートにまことに似つかわしい。
   ところで、今年本校は創立三十周年を迎えた。
    「自調自考」「国際人」「高い倫理感」という三つの教育目標の下、二十一世紀に活躍するに必須の資質を身に付けるを目標とする教育活動が三十一年目を迎える。
    中国に、一つのことを十年続けると「偉大である」、二十年続ければ「恐るべし」そして三十年で「歴史」となるという諺がある。三十周年を迎え私達は学校の活動を歴史として受けとめ、「歴史の教訓」をどのように得るかを考えることが出来るようになった。最高裁長官(1950~1960年)を務めた田中耕太郎に「歴史の教訓」という一文がある。
    「歴史は我々に真実を示してくれる。しかし歴史はそれによって過去に関する知識を豊富にしてくれるだけに止まるものではない。その真実は我々に批判の対象として示され、それによって我々は将来の在り方を教えられるのである。過去の事実が我々の批判力と結合して、将来の行動を律するところの具体的な規範となる。即ち歴史は教訓である。」
   国際司法裁判所判事にもなった田中耕太郎流の「歴史の教訓」即ち「過去の事実を批判の対象とすることで将来の行動を律する規範にする」はとても示唆に富む。自調自考生よく考えて三十年の歴史を迎えようではないか。

えんじゅ表紙へ

学校表紙(もくじ)へ

平成25年(2013)5月18日改訂