えんじゅ:123号校長先生講話 |
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「自調自考」を考える(そのCXVIII)幕張高等学校・附属中学校校長田 村 哲 夫 |
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一九九九年、平成十一年、己卯(ツチノトウ)年を迎える。 己(ツチノト)は十干(カン)の第六位。五行で土に配する。直角に曲った堅い線 から成る糸巻きの象形。事・物・心身に堅い力が入る。かしこまるの意を基本と する。卯(ウ)は十二支の第四位。明け方、万物がしげるの意を含む。元号(現 在・平成。I本家の中国では今日使用されない)使用以前には、十干十二支が 使われていた。新しい年を二十世紀末にふさわしい「まとめ」と二十一世紀への 希望と夢の明け方の年としたいものだ。
勝(マサ)れる宝子に及(シ)かめやも 万葉集巻五、山上憶良 昨年、正月私は皇居で催される「歌会始め」の陪聴にお招きいただいた。平安 時代以来の我国伝統文化そのものと言える「御会(ギョカイ)始」の感動は、日 本文化の伝統の奥深さと豊かさを実感させるもので、今更ながら日本民族とし ての誇りを感じたものであった。いよいよ、二十世紀の終り、そして新しい二十 一世紀に向けて、日本民族としての伝統文化を誇りとした、国際化の下での多 様な文化価値観を尊重した生き甲斐を夢としたいものだ。さて時代は世紀末の 閉塞感の中で、ひとびとの視線が過去へと傾斜しているという。変革期という背 景もあってか、日本では夏目漱石の『こころ』がブームを呼び、世界的には イデオロギーの時代が終わり、歴史を旋回させる原動力としての人間の志 (ココロザシ)にあらためて光があたっているといわれている。 我が師、丸山真男は『日本の思想』の中で、日本人は国家的、政治的危機に なると突然「思い出」として伝統に回帰すると述べ、西行、吉田松陰、岡倉天心などが 思い出されると述べられた。 私はここでは、新年の夢と希望を担う人として、「伊能忠敬」をあげたい。 附属中学生達が訪れた江戸東京博物館での最近の企画で、異常な数の見学者を集めた のが、「シーボルト展」と「伊能忠敬展」であった。 国際化の日本の課題を考えると「シーボルト」に関心が集まったのは、肯ける処だ。 そして我が千葉県の生んだ「伊能忠敬」に関心が集まる のは、間違いなく生涯学習の鑑として、これからの日本人の生き方を教えてくれて いるからだろう。 沢山の手紙、日記を残し、世界的評価に耐える「伊能図」で日本の地図を完成した 伊能忠敬は一八一八年文政元年七十四歳で亡くなったが、身長160センチメートル、 おこりっぽい神経質な人で、若いころからの星の興味が転じて、五十からの手習で 地図を残したということくらいしかわかっていない謎の多い人である。残された沢山の 手紙・日記には測量のこと、星のことしか書かれていない。これからの研究が待たれて いる人である。
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