えんじゅ:169号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCLXI)


幕張高等学校・附属中学校校長

田 村 哲 夫


十九期生 卒 業

 「節分」「立春」二月の年中行事である。「節分」は冬の節から春の節に変わる日のことで2月3日ご ろ。冬至から45日後の「立春」は、年が改まる日となる。「立春正月」の風習は今日でも各地に残されてい るが、この日天子が多くの臣下をひきつれて都の東の野に出かけ、春を迎える祭りをし、農耕開始、 春の到来を祝ったことから、一年のはじまりを意味することになる。

 この月、新春に渋谷幕張中学・高校の新入生が決定した。そして3月、弥生。「植物がますます萌 え出る」意味の「いやおい」が転じたものと云われる。三月三日の雛祭は、日本古来の「祓」という 意識=けがれや災いを払いとる儀式に使われる撫物としての人形から生まれたと考えられてい る。「流し雛」の風習は、色紙などで作った男女一対の雛を川に流し、身のけがれを人形に託して、祓をす る古来の姿を残している。

 この3月に、日平均気温が五度を超える「植物期間」を迎え、新しい芽生えのとき、自調自考の十九期生 を送り出す。

 冬薔薇の長き愁眉を開きけり           有馬朗人

 新しい出発を寿ぐ如く、記念講堂前庭の「薔薇園」 (イエローフェアリー)が馥郁と新春の薫りをたゞよ わせている。

 処で、この時期は、大学入試の季節でもある。

 近年、「学力低下論争」という形で、中等教育と大学との間で紛争が惹起こしている。

 大学側の言い分は、大学教育を受けるだけの「学力」を中等教育が与えていないということである。この 場合の「学力」は所謂”ファンクショナル・リテラシィ〃という測定しやすい技能的能力を指すと考えられ る。

 こうした、高校と大学の接続(リエゾン)に関する争いは、百年程前の米国であった。

 「ザ・コンフリクト」(闘争)と云われるこの事件は、最初一八九三年、全米教育協会の十人委員会 (委員長ハーバード大エリオット学長)の報告書から始まる。こゝで高校生に必須のアカデミックな学習訓 練の内容や水準(ラテン語等)が示された。

 この十九世紀から二十世紀にかけた時期、米国は未曾有の移民ラッシュに襲われ、欧州の不安を嫌った人 達が大量に流入して来た。この時の米国経済の発展もあって、米国の高校生は毎年倍増するような急増現象 が続く。

 こうして米国の高校は、「良識ある市民養成機関」とならざるを得なくなり、「高校は大学が要求する生 徒を供給する処ではない」 (一九一一年全米教育協会高校及び大学の調整に関する報告書)と宣言するにい たる。こうして米国では、百年前から高校を大学に合わせるのでなく、大学を高校に合わせることになり、 所謂「入学はしやすいが卒業が大変」という教育機関としての大学が成立していく。

 現代の「世界の羨望の的」(デアリング・レポート(英))と云われる米国の高等教育システムはこうし た考え方、歴史から出来上がったものである。

 これからは、日本でも君達の学ぶ大学はいよいよしっかり勉強しないと卒業出来ない処となろう。  自調自考の幕張生よ。自から一層はげまそうではないか。

えんじゅ表紙へ

学校表紙(もくじ)へ

平成16年(2004) 3月 1日改訂