えんじゅ:182号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCLXXV)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫


 平成十七年、六月、日本は梅雨の季節を迎える。日本の梅雨はBAIUとしてそのまま 学術用語で世界に通用するが、北海道を除く日本全土が暗くジメジメした梅雨におおわれる。

 この気候のような暗く重い気分の時、心を明るくする世界大学ランキング表を見た。 (英タイムズ誌発行THES)

 表によれば総合順位では、東京大学が世界12位。分野別では 科学工学で世界7位と発表されている。所見によれば、総合又 は分野別でトップに評価されてもよいものがあると報ぜられて いる。

 久しぶりの日本の大学についての明るいニュースであった。

 二十世紀、人類社会は、知識の爆発的増加、その結果として 学術領域が極度に細分化され、専門を異とする人々の相互理解 は著しく困難となるという現実に大変困惑することになる。
 教育、研究による知の生産拠点である大学でも 状況は同じで各専門分野の内容が高度になればなるほど、 大学内の相互理解が難しくなって学術の全体像が見えにくく 、知識が断片化して使えなくなってしまう恐れに悩むことになる。

 生命体は、各臓器が分散し自律的に機能しているが、 総体としては、協調して効率的に機能している。

 大学の研究教育は、教員自らの確信に基づいて 行われる。(=学術研究の自由=)従って放っておけば大学は 本質的に自律・分散性で、大学全体としての協調性、総合 理解を困難にする方向に向かいがちとなる。

 丁度、人類の知的活動の結果である知、あるいは情報の 量的爆発的増大が、結果として人間にとっての知や 社会的問題の全体像を把握することが出来なくなる原因と なった現象が、大学でもおきているということになるだろう。 人類を豊かにする為に考えられた活動が、地球温暖化という負 の側面を生み出した原因となってしまったことは、このような 知的活動、それによって生み出される人類の諸活動が総体として理解されず 、関連付けて考える「知の構造化」ができなかった結果なのだと考える。

 細分化された知識を相互に関連付けて活用するこの「知の構造化」は今や、世界中の 大学で大きなテーマとして考えられ、二十一世紀人類社会にとっても重要な課題になっている。

 知的領域の専門分化がまだ進んでいなかった18世紀、フランス革命の思想的父親と言われる ジャン・ジャック・ルソーは「人間は幸福である為に生まれて来た」と考え、「人間の幸福」を探求した。

 ルソーは「幸福」のひとつの極は個人が共同体の中に融け込む市民の幸福であり、他の極は 個人が自己の中の生命に沈潜する孤独者の幸福であると考えた。

この二極は相互に著しく隔たっているが、個人の心の中では葛藤なく存在するという点では 同じである。

 21世紀人類にとっても重要な課題、科学技術が各分野分野で互いに関係を意識することなく 野放図に発達していってしまう恐ろしさ(例えば原爆開発や地球温暖化現象)を解消するには、 このルソーのひとりひとりの人間の幸福についての考え方を生かすことだと考えているが どうだろう。

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平成17年(2005)7月6日改訂