二月。如月。光の春と云われる時
期、渋谷幕張中学
高校は首都圏有数
の難関を突破した
新しい「自調自考
生」を迎え、三月、
弥生二十二期生を
卒業させる。一日
の平均気温が五度
以上となる「植物
期間」になる弥生
は、植物が芽生え、
草木がいよいよ生
い茂る「いやおひ
づき」。同窓会槐
に新しい会員を迎
えるにふさわしい時期。
意気軒昂。
方丈の大庇より
春の蝶
高野素十
素十は、帝大医学部卒の医師
であり、俳人でもある。
この時期、川面がキラキラ輝き
音がまるく響き、空気がやわらか
く感じられるようになる。
そして、卒業生たちの新しい出
発を寿ぐかのように、記念講堂の
前庭で、薔薇が新春の薫りを馥郁
とただよわせている。
二十一世紀の新しい舞台で活躍
する卒業の若者たちに大変興味深
い手紙が、新任のユネスコ日本政
府代表部大使近藤誠一氏から届
いた。こゝに紹介する。
手紙は、十四世紀フィレンツェ
で活躍し、世界的古典として有名
な「神曲」を残したダンテの言葉
からはじまる。
「わが登るの願ひ、願ひに加は
り、我はこの後一足毎に羽生ひで
て我に飛ばしむるをおぼえき」−
神曲・浄火より
テーマは「幸福」について。
十九世紀、二十世紀と人類は
貧困と飢餓そして戦争に苦しめら
れてきた。二十一世紀こそという
願いがあった。
戦争の世紀と云われた二十世
紀から二十一世紀こそ平和で自
由な幸福が実感出来る世紀とした
いとの願いが人類社会の夢で、二
十一世紀がはじまった。
「帝国主義による収奪の時代
も、冷戦という緊張の時代も終わ
り、民主主義が広まり、科学技術
が利便さを飛躍的に増し、個人は
自由を謳歌している。十九世紀の
人々が見たらまことに羨む環境で
ある。しかもローマ時代末期のよ
うに社会は退廃している訳ではな
く、人々は真剣に生きている。そ
れなのに「平和」という言葉に空
虚さを感じ、「幸福」や「希望」
を語ることが何か空々しいような
時代になってしまっている。それ
は何故であろう。……」
ヒルティ(独)の幸福論は答え
のヒントを与えてくれている。
「大きな財産の所有と管理、ある
いは大きな名誉や権力を伴う地位
はほとんど絶対確実に、およそ幸
福とは正反対の心情の硬化を導く
ものである」。つまり幸福を求め
る上での手段が目的化し、そのこ
とがかえって人々を幸福から遠ざ
けていると考えられるのである。
幸福は環境をつくって待ってい
ればやって来るというものでなく、
最初のダンテの言葉のように一人
一人が、自分の力で「浄火」の険
しい山を登ってこそ自分のものと
なるのである。
一人一人は、文化特に固有伝
統文化の価値を尊重再認識し、
アイデンティティの確立に努め、
科学における倫理の確立、教育に
おいてのそれらの伝達、そして公
正なコミュニケーションで寛容の
心をつくることに勤める。そして
そのことによってのみ「幸福」が
実現すると考える。自調自考生諸
君、どう考える。
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