えんじゅ:235号
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初の異文化体験記 研修委員長 丹羽
私は今回が初の海外体験であった。日本の風土や文化にどっぷりと浸かり続けて十七年。
そんな人間が、突然異文化の世界に放り出されたのだから、たまったものではない。強
烈すぎる刺激を私は本研修を通して受けることとなった。第一に、食事が想定と違うこと。「お口に合わなかった」という表現にこの場では留 めておくが、当初の期待を見事に裏切ってくれた現地の食事には、私は大変驚かされた。 ただ、日本で食べる中華料理が、日本人向けの中華料理であることを改めて感じ、そう いう意味で「本場の味」を体験できたのは、貴重な体験であった。 第二に、当然と言えば当然だが、知らない言語が周りに溢れていること。日本にいる ときと比べ、街を歩いていても入ってくる情報が圧倒的に少なく、そんな環境にいるの は不安であった。そんな中、ふと中国語と並んで英語表記を見つけたときの安心感は何 に例えられようか。私は世界共通語の有難さを、身にしみて感じた。 第三に、信号が極端に少ないこと。大通りでさえも信号が無いことが多く、運転者は 自らの判断のもと、右折なり左折なりをする。私はバスの窓からその様子を見ていたの だが、何度冷や汗をかいたことか。また、歩行者よりも自動車が優先される交通事情へ も、私は違和感を覚えた。 ただ、私はこれらの文化の違いに驚きを感じたと同時に、現地で日本人としての感覚、 価値観を中心に、全ての物事を捉えていたことに気付いた。現地では現地の基準で物事 を考える必要がある。「日本は全てにおいて優れている」そんな、一歩間違えれば危険 な考え方を、私はこの十七年間で無意識的に育てていたのかもしれない。そんな考え方 を改める機会となったことが、本研修での最大の収穫であった。 | ||
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十月十四日から十六日にかけて広島研修が実施された。今回の研修は個人ごとの研修テーマと同時に「平和学習」も柱とした。広島平和記念資料館をはじめ、一つ一つの見学地が皆の心を揺さぶる中、「ヒロシマ」という大きな課題に取り組んだ三日間であった。 「平和」を考える上で 研修委員長 植草 平和記念公園の、「平和の礎」前で、笑顔で楽しげに記念撮影をする修学旅行の集団を見たとき、私は少し違和感を覚えた。 「ここは旅行を『記念』するところではなく、平和を『祈念』する場所ではないか。いくら観光とはいえ、このようなところに来たときくらいは、平和を願い、 どのようにして平和を構築していくかを考えるべきではないか」と。また、厳島神社でも、神前で写真を撮るだけで帰ってゆく観光客を見て、「日本人ならば守らなければいけない作法があるはずだ。」などと偉そうなことも考えていた。 しかし、己を振り返ってみれば、今回の広島でも原爆投下の背景について新しく知ったことが多かった。自分もまた、日本の歴史や文化については知らないことばかりだと痛感した。 「平和」を語る前に、自分自身が「日本」の一員であることを理解し、歴史・文化について勉強しなければという思いを新たにする研修であった。 | ||
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平成22年(2010)11月20日改訂