えんじゅ:126号校長先生講話 |
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「自調自考」を考える(そのCXX)幕張高等学校・附属中学校校長田 村 哲 夫 |
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平成十一年、渋谷教育学園幕張高等学校は十七期生、附属中学校は十四期生を迎え、 夢と希望に満ちた新しい学年をスタートした。 新しい「自調自考」生の道を選択した新入生諸君に心から期待するものである。 二十一世紀に活躍する人材の育成を目指して開校されたこの「自調自考」の幕張高の新入生諸君は、 まさにこの時に、この学校の「予測しがたい未来の知的豊饒化に加担する主体としての自覚」を、 この学校に入学した誇りと共にしっかり胸に納めていただきたい。 入学の祝いの式は、君達との新たな出会いを祝福するものであると同時にこの自覚を求めるもので もあるのだから。 さて、現在私が大変気にしていることは、我が国の年代別世代間における「科学技術についての ニュースや話題に対する関心の度合いの推移」の調査データの示す傾向である。総理府の5年毎 の調査データでは、面白いことに40歳代、50歳代と年齢が上がると、関心の度合いが高くな って来るのであるが、大変気になるのは若くなるほどその度合いが低下して、20歳代が最も関 心を持っていないという結果が出ていることである。(10歳代の調査はされていない) この傾向は特にバブル崩壊後継続している。しかも面白いことに、世界競争力白書(The World Competitiveness Yearbook)の示す我が国の競争力の低下傾向とほとんど同じ流れになっている ことである。(93年に我が国は世界競争力一位を明け渡した後、徐々に低下し、97年には 46カ国中9位となっている。一位は94年以降ずっと米国である。)まさに若者の科学技術 に対する関心の度合いが、その国の知的競争力を決定しているとも云えるようだ。 ともあれ今、科学技術は「全体は部分の総和である」と考えるホーリズム(全体論)的手法の 下で発展しはじめている。そしていまサイエンスはあらゆる分野において「複雑系」の解明に 向かっている。細かく分化された領域の中だけで通用する世界を築くのではなく、領域の枠を こえての複雑系の共通原理を求めての活動が中心になって来ているのである。 二十世紀末、二十一世紀を迎えようとしている現時点で、人類は巨大なパラダイム・チェンジ の時を迎えようとしている。 つまり、政治・経済・科学・文化・そして人間の生活様式までも全てが連動しながら変容していく ことが予感される今、私達はここで人間の知的活動の全ての分野で「何の為に その活動がされているのか」を問いかけ考える必要がある。医学の領域におけるヒッポクラテス の誓いのようなものを確認することが求められている時代なのであろう。 若者達の科学技術に対しての関心の低下は、まさに若者達が何の為に科学技術を学ぶのかの問い に対する答えが充分にないことの反映なのであろう。 「自調自考」の幕張生諸君。私達は何の為に学ぼうとしているのか。各自がしっかりとした答え を持たねばなるまい。
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