えんじゅ:136号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCXXTX)


幕張高等学校・附属中学校校長

田 村 哲 夫

 平成12年、2000年い よいよ21世紀である。

 新しい世紀を迎え、未来に向 けて希望を予感出来る世紀末とし たいものだが、現実は青少年の暗 いニュースが多く心を重くする。

 日本の梅雨は、 BAIUとしてそ のまま学術用語と して世界に通用す るものだが、六月 の日本は、北海道 を除く全土で暗い ジメジメした梅雨 におおわれる。然 し「カラ梅雨」と いって雨の少ない まま盛夏になる年 は、豊作は期待出 来ない。「自然」 はこのように「暗 いことは明るいことでもある」 ことを私達に教えてくれている。 ジメジメ天気だからこそ、てっ せんや桔梗の青がいよいよ涼や かに思えるのである。

1920年9月、インドのカ ルカッタ西方約100キロの森の中 で、狼の子とともに捕らえられ た二人の少女がいた。

 年上の方は推定年齢8歳、年 下は1歳半であり、いずれも生 後半年程度で狼に連れ去られた ものと推定された。2人は人間 の世界に連れ戻され、孤児院で 育てられた。それぞれカマラと アマラと名づけられ二人の当時 の行動は、言語についてはコト バを持たない。発声は独特のも ので人間の声とは思えない。手 は使えず、直立歩行は出来ず移 動は四つん這いで、両手両ひざ を使う。このような基本姿勢は 骨格や筋肉の発達にも影響して いた。人間には親しみを持た ず、大人よりも赤ん坊、赤ん坊 よりは犬や猫に親近感を持って いるようであった。食べ物は肉 食で、食べ方はいわゆる犬食 い、昼間はじっとしていて、夜 になると元気にうろつき、狼風 にほえる。要するに人間的行動 様式や習慣が殆どなく、むしろ 完全ではないが狼的であった。

 シングという牧師夫婦が二人 を「人間」にする教育を試み た。その学習で、人間行動の学 習には幼いアマラが1歳半であ るが(いやそれ故にか)、常に 先行し、アマラが周囲の人々と カマラとの橋渡し的役割を果た した。その差は言葉の習得の点 で最も顕著であった。

 アマラが2ケ月で習得した言 葉を、カマラは2年かけてよう やく身につけている。そして直 立歩行には5年を要し、最後迄 急ぐときは四つん這いで走った。

 社会生活の面でも、人間らし い表情、喜びやかなしみを表す ようになり、野生児から人間と しての感情や欲求を獲得してい った。これに5年を必要とした。

 これ等「人間らしさ」は、ま さに「言葉」で自分の感情を築 き、自分の不快や苦しみ、又楽 しさを表現し、そして「言葉」 で他人の苦しみに共感する力を 身につけた処ではじまっていた。 (ゲゼル=発達心理学者の記録)

 人は人と人との間、そのつな がりで人間となる。そしてそれ を作るものは言葉である。

 「切れる」青少年には、言葉 がないのでは。例えば私達は、 日常「嫌だ」とか「不快だ」と 云うかわりに「傷つく」という 言葉を耳にする。その結果、い やなことについて、会話が成り 立たなくなっていたとしたら、 耐えきれなくて切れてしまうの では。会話・言葉はとてつもな く大切だ。


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平成12年(2000) 7月25日改訂