えんじゅ:154号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCXLY)


幕張高等学校・附属中学校校長

田 村 哲 夫

 平成14年、2002年、21 世紀を迎えての2年目の1学期、 スポーツフェスティバル、メモリ アルコンサートそして中学1年の 野田研修、中学2年の鎌倉研修等 々、多くの行事がいよいよ実り多 く実施されている。

 6月は、1年中最も昼が長く、 夜が短いにもかかわらず、暗い印 象が残るのは、BAIU(梅雨) のせいである。世界に通用する学 術用語である梅雨は、その長雨故 の暗さと同時に私達に地球の平均 雨量の2倍の降雨量を齎(もたら )してくれている。国土の70% 以上が森林地帯であるのも、又梅 雨晴れの素晴らしい青空を知るの も全てこの長雨のせいである。自 然はいろいろなことを教えてくれ る。自然といえば国立遺伝学研究 所の斎藤成也教授によると、地球 上の人類が使っている多用な言語 全てにその基本的部分に普遍的な ものがあり、その共通部分は、人 類の持つ遺伝子に基づいていると 考えられているという。

 文化や学習だけでは、こうした 普遍性を説明しにくいからである。

 言語学者の中でも、同じように 考えた人がいる。ノーム・チョム スキー(米)は「普遍文法」とい う概念を提唱(45年前)し、「 もし火星の科学者が地球を訪れた ら、地球人は同じ言語を話してい ると結論するだろう」と述べ、人 間の使っている多用な言語が全く 異なるように見えても、実は普遍 的な部分が多い、と説明している。

 昨年英科学誌ネイチャーに発表 された、オックスフォード大学の グループ研究で、言語能力を支配 する遺伝子が第7番染色体の特定 の遺伝子であることを推論する結 果が発表されている。つまり、そ の遺伝子の作り出す蛋白質のアミ ノ酸の変化が言語能力を支配する ことを突きとめたのである。

 考えることが人類である(cogito ergo sum われ考える、ゆえにわ れはある Rene Descartes)とす ると、人間は言語で考えるわけで あるから、人類の考えるというこ との謎も遺伝子の研究で解き明か される日も近いのであろう。

 ところで近年、様々な情報メデ ィアの発達普及や生活環境の変化 などによって「読書離れ」が指摘 される。OECD諸国との比較で も、中高校年代では、「趣味とし て読書しない」と答えた生徒はO ECD平均が31.7%であるのに 日本では55%となっており、月 平均読書冊数は小学校6.2冊、 中学校2.1冊、高等学校1.1冊 (平成13年調)となっている。 又1ヶ月に1冊も本を読まなかっ た割合は小学校10.5%、中学校 43.7%、高等学校67.0%で ある。

 本校図書館の調査では、中学生 で月20冊以上の読書をするのを 筆頭に中学生の読書量については 全く心配していないが、高等学校 では、受験勉強の影響もあるのか、 多少読書量は落ちているという。

 読書とは、言語活動を高めるこ とであり、感性を磨き、表現力を 高め、創造力を豊かなものとし、 人生をより深く生きる力を身につ け、何よりも考える力を深めてく れるものである。梅雨空の下、大 いに読書したいものだ。


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平成14年(2002) 7月 5日改訂