えんじゅ:176号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCLXVIII)


幕張高等学校・附属中学校校長

田 村 哲 夫


渋谷幕張中学・高等学校の二学期が終了する。

冬休み後、再び登校する時は、二十一世紀五年目となる。

世紀末の混迷から、いよいよ新しい世紀、時代に向けての願いの構築の動きが始まっている。 「伝統文化の保護・継承・育成」の動きがそれである。

人間は未来から学ぶことは出来ない。ただ予測するだけである。しかし過去からは学ぶことができる。

第二次大戦終了時大活躍した英国の首相チャーチルは、「遠い過去を知らずして、遠い未来は語れない」と言い残している。 「過去の歴史を良く理解」し、その上にたって世界を眺めてみると、全体がよく見えてくるようになり、今、何をするべきかが明らかになってくる。

特に、アジア史、なかでも近現代史。ここは学校の歴史教育の最も弱い所でもある。

それから、私達自身の歴史。特に伝統文化と言われるものの顕彰、継承が大切なこととして意識されだしている。

伝統文化には、起源が明らかで専門技芸者が活躍している、いわば上層文化的なもの= 能・狂言・歌舞伎・文楽・舞踊・邦楽・茶道・華道・書道等=や 建築・絵画・工芸など造形的なものがある。さらに近年大切なこととして地域に根ざした生活を豊かにするために 知恵をしぼって生み出された文化=社会生活・進行・民俗知識・民俗芸能・競技・娯楽・遊戯・年中行事・口頭伝承等=がある。 私達日本人が暮らしの中での”心”によって育み、伝承することで心の安らぎを得てきたものである。

江戸時代活躍した歌舞伎作家、浄瑠璃作家近松門左衛門は明治に入ってから学者により発掘され、 「日本の沙翁(シェクスピア)」と称されたが、実際にはシェクスピア世界中の舞台で上演されているが、日本の沙翁はその文学的価値にも拘わらずまだ世界的には知られていない。 文楽や歌舞伎の海外公演以外で近松が外国の舞台で上演されることは極めて少ない。

その原因の一つに、日本文化の特性があると考えられる。

歌舞伎俳優が近松の浄瑠璃を上演する時、チョボの伴奏と、邦楽がなければならないし、文楽の上演でも大夫の語る言葉の意味だけで観客が感動するのではなく、 声の表現や強さが重要となる。”日本の沙翁”の神髄の理解には、日本の伝統文化の助けがいる。

最近「消滅する言語−人類の知的遺産をいかに守るか」(中公新書)を読んだ。

著者D・クリスタルによれば地球上で二週間に一つの割合で土着言語が消えているという。 言語の消滅は、その言語の背景となっている文化を消滅させることになる。 これはユネスコでも取り上げられ一九九三年総会で人間の多様な文化を守る「危機言語プロジェクト」として決議されている。 私達の母語日本語による繊細な思考・表現は私達の伝統文化の継承・深化によってのみ守られるのだろう。次号では「書」をとりあげてみたい。

えんじゅ表紙へ

学校表紙(もくじ)へ

平成16年(2004)12月22日改訂