えんじゅ:177号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCLXIX)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫


 西暦二〇〇五年、平成十七年、乙酉の年を迎える。  乙は「木の弟」昨年の甲の「木」は大樹を意味する「木の兄」であったが、 今年は「灌木」、柔らかい草木を意味する。酉は、十二支の第十番目。 字意は「縮む」意味で、万物が成熟しきって、新しい方向に発する意とされる。 六十年前の乙西は、一九四五年、昭和二十年大戦に敗れ、新生日本の出発した年となっている。 今年は、新しい出発、二十一世紀に向けて、これから生きていく座標軸 −日本の伝統文化−を確認する年にしたい。

日本の代表的国際人、新渡戸稲造博士は国際連盟の事務局次長、 今のユネスコ(国連教育文化科学機関) の前身として有名な国際知的協力委員会創設者と して知られるが、若い時から「我、太平洋の架け橋とならん」という高い志を持っていた。 その意味は、西欧文化を受信するだけでなく、と同時にそれ以上に日本の思想文化を西欧に発信することに 力を注ぐことも含まれるということである。

 そこで [武士道−日本の魂』(Bushido:The soul of Japan)を英文で出版(一八九九年)し、 (多くの国語に翻訳された名著として名高い)また日米間の文化交流を促進するために日米交換教授制度が 発足した(一九一一年)時の第一回の教授として渡米し、約一年間米国各地で一六六回も講演 (「Japanese Nation,its Land,its People and its Life」)名で講演内容は米国で出版されている。) し、米国での日本の文化歴史の理解を深めることに貢献している。  博士はこのように日本文化の発信に熱心であるだけでなく、外国に信頼され尊敬もされている。

 アインシュタイン、キュリー夫人、ベルグソン (仏哲学者)ギルバート・マレー(英古典学者)等当時の世界最高の碩学者達が、 新渡戸の名の下に集い、国際知的協力委員会が結成されたことでも、彼が尊敬を集めていたことがわかる。

 「新渡戸には何よりも文化の多様件を尊重する姿勢がある」

 「新渡戸博士は忍耐心のない西洋に、束洋的寛容の精神を持ち込んだ」等の彼の業績を称えた言葉 (ドラモンド国際連盟事務局長) は、国際人とは何かを示している。

 当時の日本の国際人には「内村鑑三」「岡倉天心」等がいるが、共に、日本の伝統文化をよく知り、 かつそれを「英語」 で簡明に世界に説明している。(内村は『代表的日本人』で西郷隆盛、上杉鷹山、中江藤樹、二宮尊徳、日蓮上人の五人を紹介し、 岡倉は『茶の本』『東洋の理想』を著す) 新しい国際化の時代を迎え、本年は、まず日本の伝統文化の理解を深め、その上に立って 二十一世紀の新しい知の世界に立ち向かう出発の年としたい。伝統文化。

手初めに、正月は「書初」から。

 わんぱくや先づ掌に筆はじめ

             一茶

     書について次号、続

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平成17年(2005)1月19日改訂