えんじゅ:201号

ニュージーランド研修
2007.3.9〜3.23         



 今年度も中学三年生を対象に二ユージーランド研修が実施された。 ホストファミリーとの出会いを前に、緊張と不安の表情を見せていた生徒たちが、 現地の生徒と笑顔で話すようになるまで、ほとんど時間はかからなかった。 別れの日に流した涙も、全てのものから開放されたかのような優しい表情も、 本当に美しいものであった。
 あの日の澄みきった心を、いつまでも忘れないでいてほしい。




フェアウェルパーティー

山田



ニュージーランド研修といったら思い出はいくつでも浮かんでくるが、 一番心に残った事はやはりフェアウェルパーティだろう。 その中でも特に最後のスピーチ発表が今でも忘れられない。
 夕食も食べ終わり、パーティーも終盤に近付いてきた頃、いよいよスピーチの時となった。 発表の直前までは非常に緊張していて、最後までちゃんと話せるか心配だった。 しかし、いざ本番となると、驚くほどすらすらと発表できた。 これは、発表への不安が消えてホストファミリーへの感謝の気持ちが強くなったに違いない。 気が付いたらファミリーの人が泣いていた。
 二週間という長い間も世話を見てくれたホストファミリーには感謝の気持ちでいっぱいである。 この研修で改めて人とのつながりの大切さを実感した。
 



 〜  別れの朝   〜 

宮藤



 三月二十二日の朝。ホストファミリーとの別れのときは、すぐそこまで迫っていた。 十日ほど一緒に過ごし、彼らのことは本当の家族のように感じていた。
 集合場所へ行く途中に、何度も、ホストファミリーとの思い出が甦ってきた。 ホストファーザーと、ドライブへ行って海を見たとき。その時の天気は雨だったので、 とても荒れた海だった。蒼々とした海に、波の泡の白が映えていて、 その様子が今でも日に浮かぶ。その景色を見た時、荒れた海に対する恐怖心と共に、 どこか爽快さを感じた。
 学校に着く。すると、ホストファミリーと自分たちを隔てるかのように、 バスが停まっていた。
 バスの発車の時、見送る人やホストファミリーを見ると、惜別の想いが溢れ、 目から涙が流れ落ちた。
行く春や 鳥噂き魚の 目は涙
 



高1イギリス研修

18thMarch−1stApril,2007 藤間



 短く、寒い研修だった。期間の割に妙に短く感じたのは有意義だったからだろう。 学び、得る物は沢山あった。
 まず、本物の英会話の難しさ。英語学校での授業中はまだしも、ホームステイというより 下宿生活に近い日常の会話では話す前に考えるひまがない。その為日本語に訳さず、 英語を英語のまま理解して英語の返答が自然に思いつくという語学力が非常に大事だと気付かされた。  次に日本との考え方の大きな違い。料理の味つけを筆頭に色々な物事に関して隔たりが あったが、特にそれを感じたのは通学に用いたバスにおいてだった。まず、 バス停から道路に身を乗り出さないとバスは止まってくれない。また、 バスの中においても次のバス停のアナウンスは無く、もちろんベルが鳴らないと バス停には止まらない。つまりは、自ら何らかの行動を起こさなければサービスを 受けられないのである。
 他にも学校の授業や買い物で良く受動的なために失敗したりして、能動的にならなければならず、 このことは非常に印象に残った。
 そして最後に、外国人に対する上手い接し方を英国人から学んだ。日本人は大体の人が外国 人を特別扱いし、気にかけがちである。僕もその一人で、なんとなく話しかけてあげなければ ならないなどと考えてしまう。しかし、英国の人々はそうではない。もちろん外国人に触れる のに慣れた人とだけ会話したのかもしれないが、英国人と同じように応対する。 それは慣れというよりは国際人としての自覚が自然にそうさせているのかな、と思った。

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平成19年(2007)5月10日改訂