えんじゅ:205号


高一 長崎研修
            



   

 十月八日から十日にかけて長 崎研修が実施された。
 戦争の傷跡を残す長崎の街で、 生徒一人一人が、様々なことを 感じ、今日の平和の意味を深く 考えることができたようである。 「あの戦争を体験した人間はや がていなくなるだろう。しかし、 この平和への患いはいつまでも 受け継いでいってほしい。」体験 講話での言葉は、一つ一つが確 かな重さを持っていた。
 長崎の人々の思いに触れた生 徒たちの言葉をここに伝えたい。


平和を学ぶ

今里
            


 今年は、長崎へと平和学習の ために向かった。平和なんてあ たり前すぎて、正直何を学びに 行くのかがわからぬまま旅立っ た。しかし、僕は原爆資料館で、 原爆によって異形の姿となった 人々の写真や熱で溶けた小物な どを見て、今ある平和がどんな に大事かを思い知らされた。
 それはあまりにも残酷であっ た。被爆体験講話で聞いていた ように、それはまさに地獄絵図 であった。今の時代では考えら れないような写真の数々は言葉 にできないものであった。外に 出て見た長崎は過去の悲劇を乗 り越えてできた町であった。
 僕達は平和を望んでいる。し かし、平和というものは、平和 でない時のことを知ることに よって、初めてその大切さが分 かるのだと思う。平和を口先だ けで唱えても決して伝わらない であろう。この研修は、僕たち に平和というものがどんなに良 いことか、そしてそれを守るこ とがどんなに大切か、それを気 付かせてくれた研修だと思った。


平和を意識する

川野
            


 平和に対する考えは人によっ て様々ですが、被爆体験講話で は平和の中でも「生」に直結す る平和が叫ばれていました。そ れは、実際に被害を受けた人に しか語れない、人間としての根 源的な望みでした。血まみれで 道路に横たわる知人、親の死骸 を探す子供。オブラートに包ま ない生の訴えは身にしみました。
 しかし、現状では自身の生活 だけで一杯一杯で、そういう大 きいことに目を向ける余裕をも てません。ただこのまま考える のを先延ばしにしてしまったら、 いつか原爆投下という事実は戦 国時代の○○の戦いと同じよう にただの歴史の一節として扱わ れるようになってしまうかもし れません。我々には複雑な体験 者の心境を語れなくとも、事実 をありのままに伝えることはで きるでしょう。伝統のように後 世の子供の心に根付かせていけ ば、二度とこのような惨事は起 こらないはずです。
 今、存在するごく普通な日々 が継続されていること。将来、 それこそがあのとき聞いた講話 の意義であったなんて胸をはっ て言えたらいいと思います。

えんじゅ表紙へ

学校表紙(もくじ)へ

平成19年(2007)12月20日改訂