えんじゅ:238号


自分とは

高校3学年主任 高橋



 誰でも今までに「自分とは何か」ということを考えたことがあったと思います。しかし、自分とはいったいどういう存在なのかと思って自分を見つめ、他人には無くて自分だけにあるものを探しても、なかなか見つからないでしょう。自分のからだについても同じように、ごくわずかなことしか知らないものです。たとえば顔だけを考えても鏡や写真で見ることはできますが、他人と向き合っているときの自分の顔を自分は見ることができません。まして自分の内部となると、もっとわからないものです。昔から、本当の自分を理解するのはとても難しいことなので す。老子も「人を知る者は智なり、自らを知るものは明なり」と語っています。すなわち、人を知るだけでも並大抵のことではないが、もっと難しいのは自分を知ることであるということです。

 しかし、どんなに自分自身に固有のものを求めても自分は見えてこないでしょう。自分の中にある固有のものを探すのではなく、誰にとって自分はどんな存在なのかと考えるべきだと思います。それは自分がもともと他人との関係の中でしか自分とならないからです。自分だけを考えるのではなく、具体的な誰かにとっての自分を考えなくてはいけないのです。したがって「自分とは何か」という問いに対して、一般的な答えは存在しないと思います。私たちはそれぞれの人生で人と出会い、その特定な人の中で自分がどんな意味のある部分を占めているのかを考えるべきでしょう。

 皆さんは高校を卒業すると、自分をとりまく環境が今までとは大きく変わっていくと思います。さまざまな場面でいろいろな境遇の人たちと出会うことでしょう。しかし、どんなに環境が変わっても、人との出会いを大切にして、できればその人にとって必要な人となって欲しいと思います。
 



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平成23年(2011)3月8日改訂