えんじゅ:202号

校長先生講話


「自調自考」を考える

(そのCXClll)


幕張中学・高等学校校長

田 村 哲 夫


   平成十九年六月、梅雨の季節を迎える。梅雨は BAIUとしてTSUNAMIと一緒に世界に通用する学術用語である。
 北海道を除く日本全土が暗くジメジメした梅雨におゝわれる。 梅雨明けには、明るい陽光が一際目立ち、日本の四季の変化と豊かさを 実感する。
 五月の快適なシーズンの終り、梅雨を迎える直前の五月尽、渋幕 のスポーツフェスティバルが実施され、中学の研修行事と相俟って、 一学期の大きな行事が終了する。
 ところで、第69代横綱に昇進した「白鵬」が、昇進の口上で「精 神一到」と述べた。精神一到何事かならざらんの前半部分。つまり 「一心不乱に努力すれば何事も成し遂げられるという言葉を横綱にな るについての自分の精神状態として述べている。
 広辞苑によれば、精神とは知性的理性的な能動的目的意識的 な心の働きを意味する。つまりは、一生懸命目標を考えて全力 を傾注することで、どのようなことも出来るのであるから、横 綱としてそのようにするぞという宣言なのであろう。
 そこで「創造する力」についての有名なエーリッヒ・フロム著 「自由からの逃走」の一文を想い出した。「われわれはひとりの人 間のうちに働いている心理的な動機を考慮しなければならない。 重要な点は、なにが考えられているかではなく、どのようにそ れが考えられているかということである。能動的な思考から生 まれてくる思想は、つねに新しく独創的である。独創的という ことは、必ずしも他の人間が以前に考えなかったという意味で はなく、考える人間が、自分の外の世界にしろ内の世界にしろ、 そこになにか新しいものを発見するために、その手段として思 考を用いたという意味においてである。」
 こゝで云われていることは、人間にとって創造とは「初めて 考えついたということを意味するものではなく、誰かゞ考えた ものを自分のものとして利用し確信したことを云う」というこ とである。有名な「ファウスト」でゲーテは、ファウスト博士と 悪魔メフィストフェレスの会話中に「全ての事は今迄に誰かゞ 考えてしまっている。人はたゞそれを学ぶだけ」という言葉を 残しているが、創造的活動の意味をフロム流に解するなら、人 が大切と考える、創造するという活動は、それがどの方に向い て、何を最も大切と考えるかの価値観が創造的でユニークなも のである必要がある。
 嘗て、文化庁長官であった心理学者河合隼雄は、科学技術と 文化芸術に共通する創造性について熱く語り、「科学技術と文化 芸術の融合が何より大事である」と話された理由もこゝにある。
 創造する為に、人は広く考えることが出来、多くの経験を持 つ(読書を含め)必要がある。
 尤もそれに必ずしも多くの時間を必要とするというわけでも ないようだ。25才で天折した天才詩人立原道造は、短い人生に すさまじい精神の集中により詩人としての世界と建築家として の独特な世界を造り残している。
 自調自考の幕張生どう考える。


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平成19年(2007)6月30日改訂