えんじゅ:215号


高2南九州修学旅行
  


   
南九州旅行は、10月5日(日) から10日 (金) の5泊6日で、 熊本県、鹿児島県、種子島を見 学しました。生徒は、記念写真 や宿舎での過ごし方など多くの 場面で協力し合い、大変まとま りがあった旅行でした。病気も 怪我もなく、全日程を終了でき ました。  熊本県では、世界最大級のカ ルデラ火山として今も活動して いる阿蘇山に登り、生きた地球 を体験することができました。 日本三名城の一つである熊本城 では、当時の燈びやかな生活を 想像することができました。  鹿児島県は、西郷隆盛や大久 保利通、天埠院篤姫など多くの 偉人たちを輩出した地です。桜 島では、火山活動の痕跡が見ら れ、人間が自然と共生している 様子が覗えました。鹿屋は、第 二次世界大戦で当時17歳くらい の少年たちが戦地に飛び立った 地です。知覧特攻平和会館での 館長の講話は、今を生きる生徒 たちに過去から未来へのつなが りや家族の大切さを気付かせて くれました。  種子島の気候は温暖で、普段 は見られない動植物を見学でき ました。宇宙センターでは、最 先端の宇宙開発を学ぶとともに、 学校で勉強している物理や化学 の知識が広く応用されているこ とに気付くことができました。  それぞれの生徒たちが、高校 生である今だから感じることが できる内容に富む修学旅行で あったと思います。生徒たちに とっても有意義な経験になった ことでしょう。


南九州修学旅行
高2 中島             

 人生で一度しかない高校の修 学旅行。こんなにも楽しくて、 色々な体験ができるなんて、最 初は思っていなかった。  今回の修学旅行においての自 分の中のテーマは、「時代」 で あった。  九州に垣間見る「過去」。知 覧の特攻記念館での館長さんの お話は、正直あまりにも自分と 重ね合わせる事ができてしまっ て、辛かった。青年達が家族に 残した数々の言葉は、どれも彼 らの意志が表れていて、現代に はない愛情を私は感じた。館長 さんが最後に言った、「青春は 一度しかない、今を生きろ。」 の言葉を忘れてはいけない。  「未来」。それは種子島にあっ た。種子島宇宙センターは思っ ていたより自然と混ざり合って いたように思える。ロケットの 発射場を近くに見た時は、感動 してしまった。  この他にも、日本で唯一の砂 風呂、みんなで卓球、絶景桜島、 種子島へ着陸する時の恐怖、海 の中が見える船での遊覧、今ま でに見たことのない真っ青な 海。これはここでしか味わえな い。夢のような修学旅行だった。

 


高1長崎研修旅行             


 「戦争は最悪の環境破壊であ る」という見方があります。環 境というのは、自然環境だけで はなく、町など人間の生きる環 境も含んでいます。そのように 考えれば、「平和」という言葉 が持っている、何か抽象的で非 日常的な印象が、現代を生き る私たちが日常の中から考える べきことというように、少し変 わってきます。  長崎は広島と並ぶ被爆都市、 平和祈念の都市であり、高校第 一学年の研修旅行のメインテー マは、もちろん平和学習です。 原爆にまつわる事跡の見学や、 被爆体験者の方の講話などが、 その中核となります。しかし、 長崎には、他に、歴史的国際交 流都市としての面があり、これ を、平和学習のサブテーマとし て盛りこむことにしました。異 文化との 「和」、環境との 「和」、 それらは、反戦という、直接的 な平和意識のバックグラウンド として、重要な価値を持ってい ると思われます。  今年は、昨年までとかわり、 往復ともに長崎空港の利用と なったため、最終日にできた若 干の時間の余裕を利用して、長 崎市内の他に、遠藤周作の 『沈 黙』 の舞台となった隠れ吉利 支丹の村外海 (そとめ) と、オ ランダとの関係の深いハウステ ンボス (バックヤードで行われ ている環境対策設備を見学に含 む) を、コースとして設け、生 徒に選択させました。生徒たち は旅行を十分に楽しんでいたよ うですが、それぞれの心にそれ ぞれの平和への思いが生まれて くればと思います。  なお、九月の文化祭で一年E 組の企画で折られた鶴を、原爆 資料館の玄関に吊らせていただ きました。御賛同いただき鶴を 折ってくださいました皆様に、 お礼とともにご報告いたしま す。

 

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平成20年(2008)12月13日改訂