「自調自考」を考える 第367号

旧暦立冬、末候金盞香。金盞とは金色の杯を意味し、黄色い冠を戴く水仙の別名。秋から冬へと日本人は季節の変わり目を花の変化になぞらえて楽しむ。

 秋の野に咲きたる花を指折り
  かき数ふれば七種の花

 萩の花尾花葛花瞿麦の花
  女郎花また藤袴、朝貌の花
『万葉集』巻八 山上憶良

 先日、東京国立博物館で江戸時代の絵師、尾形光琳が秋草模様(菊、萩、桔梗、芒など)を藍と墨の濃淡で描いている着物(冬木小袖、重要文化財)を拝見した。日本文化の真骨頂を覗きこんだ気がした。
 季節の変わりを楽しむ心は、旅を求める心につながる。旅を求める心とは「ここには無い何かを求める心」であるという(永田和宏『近代秀歌』岩波新書)。まさに、日本文化の特色といってよいだろう。
 学校では「小春日和」Indian summerといわれるこの時期、校外研修が行われた。中一から高二まで、日本の「文化」の発達伝承の跡を辿る各地への旅である。いろいろな形でその経験が発表される。この時期の楽しみになる。
 ところで世界では北半球に秋が訪れ、新年度がはじまっている。今年は国際紛争ばかりが目立つが、日本人にとっては最大の関心行事の「ノーベル賞受賞発表週間」(十月七日から十四日まで)を迎えた。賞は自然科学三賞と文学賞、平和賞、経済学賞とある。
 本年は日本原水爆被害者団体協議会が「平和賞」を受賞した。核兵器使用は道徳的に容認出来ないとする「核のタブー」を確立したと高く評価された。私達の学校は開校以来、広島研修(高一)で平和学習を続けてきた。感慨深い。
 ところで、日本人は二〇〇〇年以降自然科学分野では二十人が受賞しており、米国に次いで世界第二位の受賞者数を誇っている。地味な基礎科学の分野に社会の関心が寄せられる貴重な機会を生み出してくれていた。
 誰も否定できない変わることのない道理を「真理」というが、自然科学分野での真理の地味な基礎的研究が表彰対象であった。ところが、この一世紀以上積み上げてきた受賞歴に、ここ数年大きな変化を感じることがおきている。
 三年前、地球温暖化の気象モデルを作った真鍋淑郎博士(プリンストン大)に物理学賞が贈られた。そして一昨年は、人類の起源と進化に関する研究でスバンテ・ペーボ博士(沖縄科学技術大学院大教授)が生理学・医学賞を受けた。気候変動や人類学は従来の自然科学三賞の枠組みには収まらない。
 近年の科学の発展は、自然科学の伝統的な枠組みを越えた分野横断的研究の発展をもたらしている。そのため今後もノーベル賞受賞対象はこうした学際的な新分野に焦点があてられていくのであろうか。
 今年は更に変化がみられ、受賞対象になったのは「人工知能(AI)研究が社会や科学のあり方を大きく変えた」ということを証するものになった。
 物理学賞は「脳の回路を模したコンピュータが自分で学習する深層学習(ディープラーニング)の手法を開発したAIのゴッド・ファーザーと呼ばれるジェフリー・ヒントン博士(トロント大教授)に授与された。そして化学賞には深層学習を活用して蛋白質の構造予測技術を開発した英グーグル、ディープマインド社デミス・ハサビスCEO等が選ばれた。蛋白質は生物の体を形作る重要な物質だが、その構造は複雑で数年かけて調べる必要があったが、この新AI技術を使えば数分で判明する。創薬や病気治療に画期的な役割が期待される。
 AIや情報科学の研究者がノーベル賞の対象となった意味は「ノーベル賞受賞によってAIに対する懸念を表明した」とも考えられる。ヒントン博士は、「人間は人間より賢いシステムが生まれたら、使うことが出来るのだろうか」とAIに対する懸念を述べている(シンギュラリティ)。
 AIによる支配を心配しなければならないこれからの人達は常に「何が人間らしさか」を問いながら生きることをしないと、完全な自己実現が出来ず、自己と社会の両方において真の自由を手にすることが出来なくなることを心配する。「人は互いに関係し合って存在している。私達の思考や脳、心は私達を取り巻く環境と対話しながらゆっくり発達する。」これからは、一層自然を大切にし、「友」そして「読書」(読書尚友)を大切にしよう。鋭い知性と豊かな感情はこうして大きくゆっくり養われていく。
 自調自考生、どう考える。