4月7日(金)「自調自考」を考える 第299号

 校内報「えんじゅ」の巻頭言として校長先生から生徒への折々のメッセージが送られます。必ず「自調自考生、どう考える」という文言で締められるとおり、格調高く生徒へ問題が提起されます。

 三月、弥生。四月、卯月。
 昼と夜が同じ長さになる春分の時期を目前にして、季節は啓蟄、末候、菜虫蝶と化す。蝶は「夢虫」と呼ばれる。由来は中国古代の思想家、荘子の説話「胡蝶の夢」から。本当は私は蝶で、いま人間になっている夢を見ているだけなのだという夢と現が混じり合う話。春分の日を中日に前後七日間を春のお彼岸として、先祖の霊を供養する仏事が行われる。
 毎年よ彼岸の入に寒いのは 正岡子規  次第に過ごしやすい季節となる。
 学校は、三十二期の卒業生を送り、新しい自調自考生を迎える準備に忙しい。そしてマラソン大会、開校記念講演(講師 吉川弘之元東大総長)、中学合唱祭等各行事が続き、学年のまとめに入っている。壱萬弐千余名の会員となる同窓会「槐」も新会員を迎え活発。校庭では、葉に先立って淡紅白色の花が咲く染井吉野桜から八重桜へと次々に春の装いを楽しめる時期となる。
 桜と云えば、いまや染井吉野のことのようになっているが、日本では古来桜は山あいにほんのりと咲く山桜のことであった。  万葉巻八春の雑歌、河邊朝臣東人   春雨のしくしく降るに   高円の山の桜はいかにかあるらむ  同じく作者不明巻八 桜の花歌   嬢子らが插頭のために遊士が   蘰のためと敷き坐せる国のはたてに   咲きにける桜の花のにほひはもあなに
 日本語には花吹雪、花の雲、花筏等桜の花をたたえる表現は多くある。歌人西行法師は「願はくは花のもとにて春死なむ、そのきさらぎの望月のころ=続古今集」と吉野の山桜を愛するあまり三年ほど庵を結んでいた。
 又その西行に憧れ俳聖松尾芭蕉は「しばらくは花の上なる月夜かな」とうたい吉野を二度訪れている。
 国学の巨人、本居宣長は遺言で弟子達に自分の墓に山桜を植えよと命じ、弟子達は実行している。私は何回か松阪市郊外にある宣長の墓地に詣でた。「志き嶋のやま登許々路を人登はゞ朝日尓ゝほふ山佐久ら花」(六十一才自画像賛より、本居宣長)日本の原風景を匂わせている。吉野大峯、金峰山寺吉野山等は世界遺産として登録されている。
 今回の卒業式で、私は「歴史の進歩」という話を卒業生諸君に伝えた。二十一世紀は先行きの見通しの困難な、そして何が起こるかわからない時代という時代認識は今迄何回も伝え、その通りに現代社会は展開している。然し今回卒業直前には、何がおこるかわからないという説明だけでは済まないような世界的大事件が頻発してきている。近代社会成立の基盤となった近代国家の成立(十七世紀発)を擬えるように人類の未来を開くものとして考えられていた欧州連合(EU)=2012年ノーベル平和賞受賞=に英国離脱(Brexit)と云う大激震が襲う。そして人々の願い要望を真っ当に反映させ生かそうとして考え創りあげられてきた「民主主義」という制度を機能させなくしてしまうのではないかと考えられる〝ポピュリズム〟の台頭。それが欧州、米国といった民主主義成熟地帯に鋭く台頭してきている。更に心配なのは「保護主義」「差別主義」の思想の広がりが生み出そうとしている〝反グローバリズム〟の動きである。その背景には〝資本主義自由主義経済〟という仕組みの綻びが拡大し働いていると考えられる。人々の共感(Empathy)を大事にしてその前提で各自の思い切った努力=創意工夫=を生かす制度が資本主義自由主義経済である。人々は豊かになったが、一方で貧困と格差の拡大が一層再生産されてしまうという綻びである。
 人類の歴史は振り返ると紆余曲折である。然し常に長いスパンで見るならば、「歴史の進歩」という言葉で表される流れを実現してきている。「歴史の進歩」とは個人の価値尊厳を尊重する方向を意味する。今回の大激動もその方向で収束されていくであろう。そこでは不条理な苦痛、つまり本人の責任によらないことで苦しめられることのない社会の実現を一人一人が意識することが必要である。従って、いよいよ自己のアイデンティティー文化のアイデンティティーの確立が大事なこととなる。
 自調自考生、どう考える。