第5回東京大学研究セミナー

1月にコロナ禍のために延期となった、第5回東京大学研究セミナーを、5月7日(土)に当初の予定通りの内容で代替開催をいたしました。参加登録数は1月の約300名を大きく上回る600名超。このセミナーの参加数としては過去最高の人数になりました。本校における東京大学の学びに対する関心の高さが実証されました。本年度のテーマは「東京大学で研究する!」。田村聡明校長の挨拶に始まり、井上進路部長から講師の皆さんのご紹介と、近年の東京大学の本校における志願状況や入試の結果などについての基礎データの説明が最初に行われました。

〇 第1部 基調講演「オリジナル化学ツールを作って、生命の謎に迫る!」
第1部では前・東京大学大学院医学系研究科准教授の神谷真子先生(4月より東京工業大学生命理工学院・教授)をお招きして、「オリジナル化学ツールを作って、生命の謎に迫る!」というテーマで基調講演いただきました。神谷先生は2021年度、科学技術振興機構(JST)の「輝く女性研究者賞」を受賞された新進気鋭の研究者。今回は特別にお願いをして講演の快諾をいただきました。以下先生の講演を紹介いたします。

*自己紹介
私の出身の茨城県・つくば市は、いろいろな製薬企業や研究機関が集まった研究学園都市で、小学校の同級生にも親が研究者という人が多くいました。でも私は初めから研究者を目指したわけではありませんし、研究者の仕事の内容もよく知りませんでした。高校は茨城県立土浦第一高校に進学し、部活動や文化祭委員などいろいろな活動に携わったことで集中力が高まりました。東京大学を目指したのは、東京にあこがれたことともありますが、前期課程という将来を考えるモラトリアム期間が持てることにも魅力を感じました。理科二類から薬学部に進学し、さらに大学院(修士課程、博士課程)をへて2008年に博士号を取得して、スイスに研究留学をしました。2010年に医学系研究科に助教として戻り、講師・准教授をへて、今年の四月から東京工業大学に勤めています。
*東京大学の印象は
ここで皆さんに東京大学の印象を聞いて見たいと思います。(「頭がいい、優秀」「入試が難しい」などの回答あり) 東京大学というとやはり学力がトップレベルという印象が強いと思いますが、それ以外の東大の特徴として、➀キャンパスが広い(都内国公立大学の中で第一位) ②歴史がある(1877年設立)、③独自のカリキュラム(前期課程では教養を学び、後期課程では自身で選択した専門の学部で学ぶというシステム)も特徴です。
*研究って何
勉強とは「これまで明らかになっていることを学ぶ」こと、研究とは「実験・観察・調査」などを通して、いままで誰も知らなかったことを明らかにする」ことです。この二つは密接な関係があります。研究の流れについて、私が関わった研究を例に示すと、対象(がんの早期発見)→仮説(蛍光物質で癌を光らせる)→検証(蛍光物質を作り動物で確認)→発見・報告(論文・学会報告)→社会貢献(臨床研究、企業の支援、臨床現場へ)というプロセスになります。私は「蛍光プローブと呼ばれる分析ツールを作ることによって、生命の謎に迫り病気を治す!」ことを目的とした研究をしていますので、次に私の研究に関連することについてもう少しお話したいと思います。
*蛍光物質とは
蛍光物質は、光を当てると蛍光を発する物質のことで、身近な例としては、蛍光灯・蛍光ペンなどに使われています。蛍光を発する物質は大きく分けると二つあります。まず一つめは、有機小分子ベースの蛍光物質で、例えばフルオレセインなどがあります。これは、生命科学分野や医学の分野などでも使われています。もう一つは、蛍光たんぱく質。緑色の発光をする蛍光たんぱく質であるGFP(Green fluorescent protein)という物質は、ノーベル化学賞を受賞された下村脩先生が発見をしました。現在は、遺伝子工学により様々な色や強度の蛍光タンパク質が使われています。
こうした発光物質を使って、細胞の中の見たい分子だけを見る手法のことを、蛍光イメージングといいます。細胞をそのまま顕微鏡で観察した場合、どこに核やミトコンドリアなどがあるのかなどはわかりませんが、例えば、細胞核・アクチン・ミトコンドリアなどの観察したい細胞内の構造に蛍光分子をくっつけて観察すると、生きた細胞の中でこれらを観察できるようになります。また、細胞の中のたった1つの分子を確認することが可能なくらい感度が高いのです。
*化学プローブ(蛍光プローブ)とは
私たちの研究室では、この蛍光イメージングに使う、蛍光プローブという分子をつくっています。蛍光プローブとは、観察対象分子と特異的に反応、結合し、その前後で蛍光特性が大きく変化する機能性分子です。蛍光プローブを使うことで、通常は観察できない物質をリアルタイムで観察できます。たとえば私たちの体の中に、免疫を担当する好中球という細胞があるのですが、これが異物を食べると次亜塩素酸という物質を出します。この物質は無色で、通常観察することができないのですが、「次亜塩素酸に特異的な蛍光プローブ」を用いることで、次亜塩素酸の産生する場所やタイミングを観察をすることが可能となりました。
私たちの研究室では、このような「狙いの機能」を持つオリジナル化学プローブをつくって、新たなイメージングを実現することを目標とした研究を行っています。実際に蛍光プローブを作成するには、その化合物が、光るか光らないかを予測する必要があるのですが、蛍光物質の発蛍光の過程における「光の吸収過程」または「緩和過程(蛍光)」を精密に制御することで、実際に様々な蛍光プローブが開発できるようになってきました。
*開発した化学プローブの紹介
私たちの研究室で開発してきた化学プローブの例をご紹介します。
がんは日本人の死亡原因の第1位となっている疾患で、がんを手術で取り除く外科療法では、残存する癌病変を可能な限り取り除くことで生存率が伸びることが知られています。しかしながら、熟練した外科医の目をもってしても微小ながん病変をすべて取り除くことが難しい場合があります。そこで最近では、がんを効率よく取り除くための手段として、蛍光物質を使った「術中蛍光イメージングガイダンス」という手法に注目が集まっています。私たちは、がんに多く存在するアミノペプチダーゼという酵素に着目して、この物質に出会うと蛍光を発する蛍光プローブを開発しました。これらはがんと出会うまでは光らず、がんと出会って初めて蛍光を発するので、がんを迅速かつ高いコントラストで描出することができるので、がんの効率的な切除や取り残しを防止する技術になるのではないかと期待しています。
また、超解像イメージング法は、光学顕微鏡の空間分解能の限界を突破した新たなイメージング手法として注目を集めて、2014年のノーベル化学賞は超解像イメージング法を開発した研究者が表彰されました。私たちは超解像イメージング法の中でも、1分子局在化法という手法に着目し、自発的な光明滅を示す蛍光プローブを開発しました。このプローブを用いることで、特殊な試料調製・観測条件を必要とせずに、温和な条件下での超解像画像の構築が可能であることを示してきました。
また、蛍光イメージングよりも多重検出に秀でた観察法として近年注目を集めているラマンイメージングで検出可能な化学プローブの開発にも取り組んでいます。従来までのラマンプローブは、常に同じラマンシフト値・信号強度を示すものでしたが、私たちはごく最近、共鳴ラマン効果という現象を活用することで、生体分子と反応してラマン信号が変化するラマンプロープの開発に成功しました。今後、このような化学プローブを用いることで、これまでは同時に観察できなかった数の細胞内分子を同時検出することによって、生命現象の理解が進むことを期待しています。
これらの研究成果は、東京大学大学院薬学研究科・医学研究科の浦野泰照教授と多くの教室員とともに進めてきたもので、また多くの共同研究者の先生方のご助言・ご協力があって進めてこれました。

◇ 第二部 本校卒業生によるプレゼンテーション

* 若井大成さん(教育学研究科教育心理学コース修士課程二年在籍 本校32期生)

東京大学大学院の若井大成と申します。本日は「院進したらサイコーだった件」というタイトルでお話をいたします。その前に自己紹介をいたしますと、高校時代はディベート同好会(当時)に所属していました。苦手科目は英語で数学が得意でした。(これは後の進路選択につながります)
2017年に文科Ⅲ類に入学、教育学部教育心理学コースを卒業して、大学院に進学しました。趣味はアニメ、カラオケ、ドラムです。大学院について簡単に説明しますと、学部(Bachelor)を卒業して修士(Master)課程(前期博士・2年間)に進学し、修了して博士(Doctor)課程(3年間)に進学します。この期間を大学院と呼びます。
ここから本題に入ります。まずは私が、何故大学院に進学したのかをお話しします。高校時代はディベート部の活動に没頭していました。その中で、「どうしたらディベートの大会で勝てるのか」、「どうしたら複雑な理論をわかりやすく人に説明できるのか」をいつも考えていました。そして大学でもそうしたことを学びたいと考えるようになりました。東大を目指したのは、学部を入学してから決められるからで、卒業後は就職することを考えていました。実際に入学して、教養課程でいろいろと学んでみて、教育心理学に一番興味を惹かれ、研究することの面白さと「博士」という言葉に憧れを持ち、博士課程まで進むことを大学三年で決断しました。
今の私の研究を説明します。勉強していて「わかった」と思っていたことが、実際に試験を受けたら実は「わかっていなかった」という経験が皆さんにもあると思います。これは,実際に「わかる」こととは別に,「わかったつもり」,つまり「主観的なわかった感」を決める要因が存在することを意味しています。この「主観的なわかった感」を心理学の言葉で「メタ理解」と呼びます。私は、この「メタ理解」がどのように決定されるかを研究しています。過去の研究者によりますと、「メタ理解」は、「普段の勉強はバッチリ!」(自分の能力に対する認識)に、「このテキストは難しかったな」(学習時の主観的な経験)が加わり「でも、いつも理解できているから大丈夫!」(最終的なメタ理解判断)というプロセスで形成されます。通常はこのプロセスの説明は自然言語(言葉)で説明されますが、私はこのモデルを、より正確に判断するために、この「わかった感」を数学的に表現することを研究テーマとしています。具体的には、皆さんが「あなたは学習した内容をどのくらい理解できましたか?」という問いに対して、多くの皆さんは40%~80%とか「まあまあ」とか「あまり理解できていない」といった、ぼやっと幅をもった回答が多いと思います。そして、この幅を表現するために、グラフの縦軸を「確信度」、横軸を「メタ理解」として,「わかった感」を、関数を使って表わすことを考えました。つまり、頭の中で起こったことを、数学的に表現しようというが、私の大きな研究テーマとなりました。このように、文系における研究でも一部の数学の知識、例えば統計学などの要素が、事象が起きるメカニズムの解明などには必要になることがあります。
これからの私の展望ですが、来年以降から博士課程に進学するために、国に対して資金的援助のための申請書を作成しています。博士課程卒業後については、まだ曖昧な状態です。高校卒業時点の見込み通りの進路になった人は少ないですし、皆さんも、「あくまで現時点の考え」と思って進路を考えてください。
最後に「損切り」は慎重に、「好き」は大切にという言葉をメッセージとしたいと思います。「損切り」ではなく「得切り」にならないように注意してください。そして最後に進路の決定に大きな道標となるのは、「好き」という気持ちです。この気持ちを大事にしてください。

* 中村雄飛さん(理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了・現東京大学大気海洋研究所研究員 本校27期生)

27期生の中村と申します。少しでも皆さんの進路選択にお役に立てればと考えています。まず私の経歴ですが、2012年に本校卒業後、東京大学の理科Ⅰ類に入学。地球物理学科に進学し、修士、博士課程を経て、この三月に博士課程を修了し(博士号を取得して)、現在は大気海洋研究所の特任研究員として働いています。
まず、私が東京大学への進学を意識したのは、高校1年生の時に開催された、高校生向けのセミナーを体験したことが最初でした。高2の時に部活の顧問から「将来の目的がまだ決まっていないなら東大に行け」と言われたことも(入学してから進路を考えればよいと思って)後押しとなりました。入学当初は受験勉強の楽しさから数学科に進学しようと思っていましたが、地球惑星物理学科を見つけて、最後は直感的に進学を決めました。情報は自から探さなくてはいけないので、今では少し反省しています。そんなこんなで、高校時代の部活動(ワンダーフォーゲル部)での経験の、その先を今は進んでいます。
私は部活動では合宿では天気図を書いて予測をする係でしたが、正直「天気図だけでは明日の山の天気はわからない!」と思っていました。そこから「わからないこと」への興味、つまり「わからないこと」が、どうしたら「わかるようになる」のかをよく考えたいと思っていました。これが研究の原動力となっています。
大学院には、学部に入ってすぐに行こうと思いました。研究室の選択について、この時点では雲・雨を研究のターゲットにすることは決めていました。そして、スーパーコンピューターを使って、数値モデルの研究をしたいと考えていました。ところが、数値モデルの研究室の先生から、数値モデルをやるなら、まずその対象とする現象のことを知らなくてはいけないと言われて、数値モデルの研究を諦め、大学院では観測ベースの研究を行っている研究室を選ぶことにしました。こうした進路選択の決断のタイミングは大学に入ると意外と早くやってきます。こうして私は、柏キャンパスの研究室を選択しました。
ここで柏キャンパスの紹介を簡単にしますと、ここは学部・学科を超えた大学院主体の研究拠点、先端的かつ分野横断的なキャンパスです。オープンキャンパスは十月下旬にあります。例えば「宇宙線研究所」はノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生の研究所です。私は大気海洋研究所で気象・気候分野の研究を行っています。この分野でも昨年、真鍋淑郎先生(プリンストン大学)がノーベル物理学賞を受賞されました。それは、数値モデルというコンピューターを使った新たな研究手法を実証されたすばらしい研究です。今は天気予報などでもコンピューターの計算が活用されていますが、実のところ、雲や雨の分野では分からないことがたくさんあります。私の興味はここにあります。いくつか問題提起をしますと、「温暖化による雲や降水量の変化は?」、「大気汚染との関連は?」、「他の大気現象との相互作用は?」などが挙げられます。そして、これらを解決するために、気象観測による現象のよりよい観察や理解、さらには数値モデルによる理論の検証、という理学研究のサイクルが、最先端技術の力を借りて、きちんと回らなくてはなりません。例えば、数値モデルの検証にはスパコンが必要になります。それ以外にも人工衛星や降水レーダーが活用されますが、日本はこの測器分野では世界をリードする立場にあります。こうした最先端の技術を取り入れて研究を進めるのがこの分野の醍醐味だと考えています。
さて、ここからは少しだけ私の研究内容を紹介します。学部の卒業研究では、2015年に鬼怒川の氾濫をもたらした豪雨を、スーパーコンピューターを活用して分析しそのメカニズムを研究しました。そして、人為的に台風の勢力を弱めると、逆に降水量が増えることがわかりました。この結果、この台風は湿った空気を直接供給するのではなく、台風の循環を使って通り道をつくる間接的影響をもたらしていることを示しました。
もう一つ、私の博士論文での研究を簡単に紹介いたします。熱帯域には低気圧や前線はなく、雨雲は積乱雲やスコールで出来ています。この中にいくつかの積乱雲の塊があり、その集団が西や東に移動します。これには様々な周期や波長があり、その黒幕に「赤道波」あるいは「MJO(熱帯の季節内振動)」と呼ばれる現象があることが解っています。そして、これらはどのように積乱雲を操っているのでしようか。このメカニズムを、人工衛星のデータを使って分析をしました。一方で「赤道波」にはさらに黒幕がいることが囁かれていました。未だにその正体は明確には分かりませんが、その候補として「対流システムからの非断熱加熱」ではないかとの推論を行いました。こうして博士号を取得しました。
その後「就活」を始めて、いろいろな職の公募に応募しました。そして、運よく同じ東大柏キャンパスの別の研究室の教授に声をかけていただき、無事採用となりました。他にも卒業後の進路としては、官庁や研究機関、民間企業など、多様な就職の機会が実際にはあり、選択が可能です。
次に、東大で研究するメリットを考えてみました。まずは「研究の多様さ」です。興味関心に対する厚いサポート体制や、長い伝統で蓄積された研究コミュニティの維持(研究の連続性)もあります。そして「機会の多様さ」。スーパーコンピューターや観測船なども利用できますし、南極観測隊に参加した人もいます。さらには「人の多様さ」もあります。いろいろな個性の人に東大では出会えます。
ちなみに、「東大での研究は楽しいですか」と先生に聞いてみましたら、「二年に一回くらい」との回答でした。(修士の期間との関係で、一つの研究を仕上げることを指していると思います。)自然の原理、真理の研究のためには「スタンダードを下げない」という強い姿勢も教えられました。研究とは「自分への挑戦」ということを意識していきたいと思っています。
最後に、「博士」とは自由(研究)と責任(専門家)の両軸に立つ専門家です。日本語では「博士(理学)」ですが、これをグローバルには「Philosophiae Doctor: Ph.D.」となります。「哲学博士」と訳せます。これはすべての学問は哲学から始まるという思想から来ています。こう考えると、研究とは自らの考えをもって、原理・真理を探究する「自調自考」の極致なのではないでしょうか。
ご清聴ありがとうございました。

* 吉永宏佑さん(東京大学工学部卒Massachusetts Institute of Technology, Department of Chemistryに留学、博士号を取得 現在はSaint-Gobainに勤務 本校27期生)

27期生の吉永宏佑と申します。私は現在、アメリカに在住しております。東京大学を卒業してアメリカのMITに留学、大学院を修了して博士号を獲得しました。現在はSaint-Gobain Research North Americaというフランスの企業に、Senior Research Engineerとして勤務しています。高校時代は、高3の夏までバスケット部で活動していました。最初は医学部志望でしたが、志望動機の矛盾を担任に論破され、化学の先生に感化され、化学を志しました。そして東京大学工学部生命化学工学科に進学しました。
東京大学では「生命科学」と「有機化学」を専攻しました。私が所属した相田研究室では、機能性高分子とバイオミメティックスという生命の構造を真似た、人工的な構造の開発を行っていました。もう少し詳しく自分の研究を説明しますと、金属有機構造体(Metal-Organic Frameworks)を用い、不安定な化学反応中間体の観察を行っていました。この観察を通じ、応用に合わせた機能的な多孔性材料の創成を目指していました。研究テーマは、最初は指導教官から与えられますが、後は自分で開拓します。研究室を選ぶ基準は人それぞれですが、自分が打ち込める研究内容であることや、研究環境が自分に合っているかどうかだと思います。これらを総合して、最後は直感で研究室を決めました。
海外大学院への進学は、3年生の7月頃に先述の相田教授に相談しました。自分よりも教授がノリノリで熱心に指導していただき、海外で学ぶメリットやデメリットも理解して、海外大学院進学を決意しました。そして教授陣に頼み込んで、海外大学院進学を目標に3年後期から特例で研究室に配属してもらいました。そして何とか実績を残せて、海外大学院に入学することができました。
ここからMITについて説明をしたいと思います。東大とMITを比較すると、MITの方が規模は小さいですが、女子の比率は高いです。大学院生は大学から給料が支給され、博士課程の学費は、教授が負担をしてくれます。MITを選んだ理由は、(専門の)材料科学分野では世界有数であること、基礎研究も充実しており、指導教官の人柄や、ボストンの町の雰囲気が気に入ったことがあります。もちろん5年間をMITで過ごす不安もありました。でも結果的には、行ってよかったと思っています。
MITではChemistry, Swager Groupに属して、「フッ素系溶媒に可溶な蛍光色素分子の作製および、それらのセンサーへの応用」という研究を行いました。蛍光色素にフルオロアルキル基を修飾する化学反応を開発、分子の物性を探索し、リステリア菌や新型コロナウィルスの抗体(anti-SARS-CoV-2 Spike Antibody)などについて、蛍光色素を取り込んだコロイドでセンサーを作成して、分析物の濃度を蛍光で迅速に測定しました。
まとめとして、研究施設の充実度や学生のレベルは東大もMITも同じ。研究予算や研究者の多様性はMIT、先生や先輩の面倒見は東大だと思います。学生主体の活動や、学位を取るという覚悟はMITの方が断然上でした。著名な大学は研究施設が整っていますので、どこへ行ってもやる気のある人は伸びます。そして、研究とは、自分が気になった問題について調べ、それを解決する仮説を自分で考え、仮設を自分で実験してみて、その結果を自分で考察する作業の繰り返しです。自調自考を意識してまとめてみました。進路に迷っている人は、いろいろな人に話を聞くようにするとよいと思います。
最後に、私が今勤めているSaint-Gobainというフランスの会社は、建築資材の素材開発、たとえば屋根、リチウムイオン電池、天然素材由来の樹脂など多様な製品を開発しています。2050年までにカーボンニュートラルを目指しています。この環境にやさしい会社での研究が、次の私の舞台となります。
ご清聴ありがとうございました。

* 市倉愛子さん(東京大学大学院・学際情報学府学際情報学専攻先端表現情報表現学コース修士課程二年在籍 本校32期生)

32期生の市倉愛子と申します。最初に、研究室からテッポというロボットを持ってきたので挨拶をしてもらいます。私は中学から入学して、ラクロス部に所属してゴールキーパーをしていました。大阪大学の人間科学部を卒業して、東京大学大学院に入学をしました。大学院では、「人とロボットの記憶の共有」というテーマの研究をしています。夢は「ベイマックスを作りたい!!」ということ。高校生の時、この映画を見て、ベイマックスのようなロボットを作ろうと決意して、それからずっとそれを目標に、大学院まで進んできました。ベイマックスの最大の魅力は、「人の心を守る」ということです。私は、元々人間の心理にも関心があったので、この研究テーマに決めました。そして、ベイマックスのようなケアロボットを作るのには、ロボットのカラダ(ハードウェアとソフトウェア)と心理学(人間の心)、両方を使って、HRI(ロボットと人間の交流)することが必要と考えました。そのために大学では心理学を学び、大学院でロボットの知識を学ぶこと考えました。大阪大の人間科学部では、行動統計科学研究室に所属し、心を数学的に記述することを学びました。卒業論文は「データの相関を使って、コンピューターが自動に画像を感性的に評価する」をテーマとしました。ここまで話をすると、「あなたは理系なの文系なの?」と思われるかもしれませんが、大阪大学の人間科学部も東京大学大学院学際情報学府も文理融合で、文系からも理系からも入学者がいます。研究内容は、大学では「数学的思考(理)で心理(文)を解析」して、大学院では「心理学(文)でロボット(理)を解析」しています。昨年、大学院でメディアアートを中心とした展覧会を開催しました。「記憶のアート」をテーマとして、AIにテキスト(偉人が残した名言)を入れて、偉人の頭の中の世界をAIが表現するアートを展示しました。これは(分野としては)文系でも理系でもありません。
ここからは大学院の研究室の紹介を行います。私の所属する「情報システム工学研究室(JSK)」では「人間社会で共に暮らしていくロボット」を研究テーマとしています。研究室にはたくさんのロボットがいます。これらのロボットを駆使して、「人間社会にロボットを溶け込ませたい」という目的で研究を進めています。私は、日常に浸透した、「毎日一緒に人と生活するロボット」、「一緒に遊びたくなるロボット」、「人と人の間に立つロボット」をテーマに研究をしています。もし、ロボットが自伝的記憶(今日あったことを思い出すこと)を持てたなら、人間同士と同じように、思い出を共有(共同想起)することで、癒しに繋がります。ロボットとの「共同想起」のために何が必要でしょうか。それは「ロボットが記銘する情報」(起こったことを理解する能力=行動観察力)と「ロボットが想起する情報」(感想・感情を述べる能力=印象推定能力)です。このための実験を今、日本未来館のオープンラボで行っています。ここでは、参加者に絵日記を書いてもらっています。そこから「共同想起」コミュニケーションに繋がり、これをトリガーにロボットと人間の絆が深まると考えています。
これからのキャリアとしては、就職して科学と人間のインタラクションを進める企業に行くか、博士課程でロボットの研究を進めるかを迷っています。最後に、「文系、理系にとらわれすぎない」・「大きすぎる夢を持ってみよう」・「好きなことを言葉にしてみよう(素人発想、玄人実行)」を皆さんへのメッセージとします。本日は、ありがとうございました。

◇ 第三部「東京大学の学び」をテーマとしたパネルディスカッション

第三部では本校進路部の佐原奈保子教諭(理学部生物化学科修了)をファシリテーターに、卒業生三名に神谷先生にもパネラーをお願いして、「東京大学での学び」をテーマに、セミナーに参加された生徒、保護者よりの質問などをベースに、パネルディスカッションを行いました。

佐原:司会の佐原です。事前に参加者の皆様からいただきました質問のうちから、研究や今後の人生にかかわりそうなものを5つピックアップしました。テーマは、「大学に入ってからの人生を考える」という観点から選ばせていただきました。

Q1 東京大学と他大学との違いを教えてください。大きな違いとして進学振り分け制度がありますが、他にはありますか。
若井: 研究において、周りの人たちが、自分の議論に向き合ってくれるというのがすごく大きく、研究室の先輩たちのディスカッションなどで、自分の研究がブラッシュアップできました。こうした人的資源という意味でも東京大学は特にいいのではないかと思います。
市倉: 研究室に入ってまず言われたのは、「(研究用の)ロボットは壊してかまわない。むしろどんどん壊して、それを直すことで技術も高まる。」ということでした。研究室の資金的な余裕もですが、ロボットは元々壊れるものという前提で研究がされていることはすごいと思いました。
中村: 私の印象ですが、研究したいという学生の人数に対して、比較的先生の数が多いです。学生が何かをしたいという時に、それをサポートしてくれる先生が沢山いて希望が通らないことがないです。自分の研究室以外の先生とコンタクトがとれて、アドバイスをしてもらえます。

Q2自調自考論文の研究テーマ探しに苦労しています。皆さんが大学での研究テーマを決めたきっかけを教えてください。
若井: 高校時代に、ディベートをやっていたことが基本にあります。それと先行研究を調べることが大切で、これまで調べられていないことをきちんと見つけ、解決の方法を探ることが大切だと思います。
市倉: 先ほどの話のように、ベイマックスが好きということが、大きなテーマとしてありました。何事も好きなことをベースに、貪欲に取り組むことが大切だと思います。
中村: 私は、漠然とした興味の中で、先生から提示いただいた内容から、直感で研究テーマを選びました。皆さんも、日常の些細なことでも、なにか興味を持ったことがあけば、それを少し調べてみることで、興味がより深まることがあると思います。

Q3 これまでどのような困難にぶつかりましたか?また、どうやってそれを乗り越えましたか?
若井: 大学での一番の困難は、卒業論文の作成でした。自身の論文におけるモデルの検証が正しいかどうかのデータをしっかり取ることや、コロナ禍のため大学で実験が出来ず、オンラインでの実験のためのプログラミングの作成等、とても苦労しましたが何とか乗り越えました。
市倉: 大学の4年生の時は、コロナ禍のため大学に行けずに、卒業論文をリモートで作成することが、本当に大変で苦労しました。
中村: 私も研究的な困難はたくさんありました。とくに博士論文は、すべて英語で書かねばならず、とても大変でした。研究はやればやるだけ困難があるし、やらなければ乗り越えられないというスパイラルなので頑張っています。

Q4これからの目標や夢を教えてください。
若井: 今の目標は博士課程に進学して博士号を取ることです。そして、世の中で認められる論文をしっかり書きたいと思います。その先は、知的な満足が得られる職業に就けたらと考えています。
市倉: 目先の目標は、まずは修士号をとりたいのと、人を癒す仕事をしたいので、いろいろな世界を見に行きたいと思います。
中村: 直近は、博士号はなんとか取れましたので、今後は、自分の研究を進めていきたいと思います。機械学習に関心があります。もっと先では、気候とか気象はまだわからない部分が多いので、それと自分自身の興味が、どのように社会に還元されていくのかを意識しながら研究を進めていきたいと思います。

佐原: ここで神谷先生からこれまでの内容について感想をいただきたいと思います。
神谷先生: 最初の東大との違いについては、東大は総合大学であることがひとつの特徴で、いろいろなバックグラウンドを持った人に、部活やサークル活動を通じて出会えることは、とても大きな魅力だと思います。私の学生時代の友人で、弁護士で活躍している人がいますが、忙しい中でたまに会って話すと大きな刺激を受けることができます。それから東大には、物凄い才能を持った人がたまにいます。私が高校時代に出会うことがなかったような、展開力、思考力、考察力を持った人がいます。それは東大のすごいところだと思います。

Q5 将来に向けて、いま中高生がやっておくべきことはなんでしょうか?
若井: 好きなことを見つけて欲しいです。そして、好きなことを見つけるためには、世の中の事象を記述するだけの体系を正しく身に着けることが大切だと思います。そのためには、いま目の前にある勉強に、一生懸命に取り組むことが大事だと思います。
市倉: 私が中高時代にやらなかったことで後悔しているのが、本を読むことや、映画を見ることです。いろいろな人生を知る手段としてとても有効だと思います。
中村: 私も興味を持つことを見つけてもらいたいと思います。そのためにいろいろとアンテナを張ってもらいたいです。自分が面白いと思っているものが、自分の近くばかりでなく、意外と遠くにもあったりすると思います。

佐原: 神谷先生はこのテーマについて、いかがお考えでしょうか
神谷先生: 読書なり旅行なりいろいろな経験をしてもらいたいと思います。これは自分への反省も含めてですが、高校時代は忙しくて、ついつい目先のことだけにとらわれがちだと思いますが、現在は、グローバル化・気候変動・国際情勢など、変化が大きな社会で、学校で習ったことだけでは対応できないことも多くあるので、変化する社会に柔軟に対応する力が必要です。そのためにはいろいろな経験が必要だと思います。

佐原: 皆さんありがとうございました。もし質問がありましたら、セミナーの終了後、個別に対応をお願いいたします。
 

こうして今回も、3時間を超える長時間のセミナーとなりました。神谷先生をはじめ、卒業生の皆さんの丁寧かつ情熱に溢れたお話と、聴講された600名を超える生徒及び保護者の皆様のご協力のおかげで大変充実したセミナーとなりました。本セミナーの実施に向けてご尽力を賜りましたすべての皆様に感謝を申し上げます。次回の開催は2023年の1月を予定しております。