進路講演会2021を開催しました

11月24日(水)、東京大学教授・同マーケットデザインセンター長 小島武仁先生(前スタンフォード大学教授)を講師にお招きして、進路講演会2021を開催いたしました。演題は「科学で制度をアップデート:マッチング理論とマーケットデザイン」。以下講演の概要を報告いたします。

ご紹介いただきました小島です。私は東京大学で経済学という学問の、マッチング理論、マーケットデザインをテーマに研究をしています。今日は、この研究テーマと、どのように自分の進路を決めたかということをお話ししたいと考えています。

◎ 今マーケットデザインが熱い
いまこの分野が熱くなっています。この分野の研究者が、2020年に「オークション」、2012年には「マッチング」というテーマでノーベル経済学賞を受賞しました。
社会の中の多くの問題は、マッチング、つまりヒトやモノの配分にあります。入学試験や就活、結婚、保活、ワクチンの配分などです。それらは皆が第一希望にマッチできるわけではありません、マッチング理論とは第一希望にマッチできなかった人も含めて、極力多くの人が幸福を感じられるような、適材適所の配分を考える学問です。そして、マッチング制度を運営する立場の人は、希望順位を聞いて、ただ手作業で配分を行うのではなく、アルゴリズム(コンピューターを使って情報を処理すること)を使うことがポイントです。時間短縮や、手作業の見落としを防ぎ、インプットを確実に処理することができます。
実際にどのようにアルゴリズムを回すのか。まずは希望の順位をしっかり聞くことが肝要です。例えば高校や大学入試の合格者の配分があります。日本では1校しか受験することができませんが、外国、例えばインドや中国では、希望の順番を聞いて、アルゴリズムを使って、学力に適した大学に、極力多くが入学できるように処理をしています。中学、高校入試レベルでもアメリカのニューヨーク市などで運用されています。日本でも、例えば東京大学には「進学選択」という制度があって、近年ではそれもマッチング理論を使って改革されました。

実際の社会実装のためにはいろいろな人の協力が必要です。私自身もアメリカに17年おりましたが、研究を社会実装につなげることを、一人で行うことは難しいと感じています。今、私がいる東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)では、研究テーマについて、東京大学が様々なバックアップをしてくれています。UTMDが特殊なのは、日本の社会問題に研究内容を適合させようとしているところです。例えば最近の研究では、東京の都立高校における男女バランスの不均衡問題に寄せて、政策レポートを発表したり、千代田区のコロナワクチンの予約制度に関するコンサルティングなどを行いました。
 実際の社会実装の例として、保育園の定員問題があります。希望してもなかなか入園できないという問題です。例えば、認可保育園では自治体が入園者を必要度に応じて点数化をして決めています。そのためには入園希望者は希望理由をしっかりと示す必要があります。この作業はとても大変で、手作業では数週間かかります。でもコンピューターでやれば数秒で終わってしまいます。近年は企業がそのアルゴリズムを提供してくれています。
自治体が、希望だけを優先する方式(ボストン方式)にすると、正直に言ってしまうと入園できないリスクを感じて、希望表に「噓をつく」インセンティブがあります。それが非効率や不公平を生むことがあります。点数優先方式(ゲール、シャプリー方式)ならば「耐戦略的」(正直者が損をしない)に処理することができます。
でも問題点はまだあります。それは、保育園には年齢別の定員があることです。そのため同じ保育園で年齢別に入園できる数が異なる(年齢のミスマッチ)という非効率、不公平が発生します。これも年齢別定員と、提出された希望順位表があれば、アルゴリズムで解消することができます。実際に山形市では63%の待機児童を解消することができました。
 別の社会実装プロジェクトの事例として現在、サイバーエージェントという会社と一緒に、アルゴリズムを使って自治体のマッチング方式を研究しています。他にも医学部を卒業したばかりの研修医の病院配属に、前述の「ゲール、シャプリー」というアルゴリズムが使われています。
さらに、企業内人事の適正配置という問題にも取り組んでいます。例えばGoogleは、人事にアルゴリズムを導入しています。日本でも我々のチームがお手伝いをして、シスメックスという会社で導入をしました。しかし、この問題は、まだまだ多様な考え方があります。この研究はデータサイエンスとの融合という意味で、とても面白く感じています。

 ところで、最近の話題で資本主義が危機を迎えているといわれています。「人新世の資本論(斎藤浩平・扶桑社)」などは、皆さん読みましたか? でも私は、何もいまさら社会主義に変えるということではなく、資本主義でも、自由放任ではなくアルゴリズム(社会主義的)で配置を行い、個人の希望を聞いて、インセンティブを考慮(資本主義的)することで効率性と公平性の両立が可能になると思っています。

私の研究に関するお話はここまでにして、ここからは皆さんの進路に関するお話をします。
◎ 理系? 文系? 日本? 海外? 進路選択について  
◆ 理系? 文系?
 私は、中高時代は理系少年でした。部活は生物部。理系で世の中を変えようと思っていました。ところが、東大の理科一類に入学して、実験に失敗してしまい、次に数学の勉強会に参加してみたら話についていけず、進路に迷って1年留年してしまいました。その後友達の勧めで経済学部に進みました。結論として、その選択はうまくいきました。
経済学の魅力とはなんでしょうか。経済学は海外では理系として扱われ、アメリカではSTEMに分類されることも多いです。特に統計手法では数学は絶対に必要です。経済学者は理系出身者が多いです。大学に行くと興味が変わることもあります。いろいろな分野をしっかりと見てください。ただ、いずれの分野においても数学を学ぶことは有効であると思います。
◆ 日本VS 海外 小島の場合
渋幕は海外の大学に行く人も多いと聞いていますが、私はいわゆる純ドメ(帰国生ではない)で、筑波大学駒場高校から普通に東京大学に入りました。大学に入って初めて、ゼミの旅行で外国(モンゴル)に行きました。大学院では経済を学ぶのによいということでハーバード大学に行き、その後イェール大学でポスドク、さらにスタンフォード大学で仕事(准教授・教授)をして、昨年に日本に戻りました。
海外の大学で学ぶことは、チャンスがあれば是非行ってみるといいと思います。すごく大変でしたけど良かったです。例えば「流行り」がわかることで、研究が充実できました。スタンフォード大学は優秀な人材も多く、ノーベル賞を受賞した教授とも同僚として研究ができました。「目立つ」ことも大事です。アメリカは自分の研究を発信しやすく、セミナーなどの発表の機会も多いです。さらに、真剣に議論できる人に会える魅力があります。それと、アメリカの研究者(特に経済学)の給与は優遇されています。それがFocal Point(注視点)になるという副次的効果があります。ハーバード大学やスタンフォード大学は、そういう意味でも優秀な人材が多く集まっています。
もちろん日本の大学にもメリットはあります。私も英語では、なかなか自分の思いが伝えられない苦労がありました。友人や家族とも離れてしまいますし、家庭の事情もあります。近年は、東京大学もかなり改革が進んで、例えば、経済学部では、経済学とコンピューターサイエンスが融合した新しい学問体系(ECONCS)のプログラムも導入されています。また学内の研究環境や勤務条件の改善のためのプログラムも導入されています。日本でも海外でも自分にとって、よい研究環境を見つけるのが大切だと思います。最後に、私の経験からですが、もし海外に行くのなら若いうちがお勧めです。

※ この後、質疑応答では、日本の大学と海外の大学の学びの環境の違いや、先生の研究に関した質問などに、応答をいただきました。

こうして、あっという間に予定された時間は過ぎてしまいました。ご多忙の中、本校生徒のために、とても素晴らしい、充実した講演を準備いただいた小島先生に心より感謝を申し上げます。