6月19日(火)「自調自考」を考える 第310号

 新しい「自調自考生」中学二九一名、高校七五名を迎え、渋谷幕張中学・高校の新しい学年が始まっている。
 四月、卯月(うづき)、五月、皐月(さつき)を経て、六月、水無月(みなづき)を迎えている。日本には、春夏秋冬の四季だけでなく、二十四の気、七十二もの候という季節があり、旧暦をもとに暮らしていた時代には、人々はそうした季節の移ろいをこまやかに感じとって生活していた。自然の流れに寄り添う旧暦のこうした暮らしは、新暦の今の時代にも人の心も身も豊かにしてくれるヒントを与えてくれるものとして大切に残していきたい。
 そこでこの時期は、春分末候から清明、穀雨、立夏、小満そして「えんじゅ」発刊の今は芒種、末候梅子(うめのみ)黄なりとなる。
 我国最古の歌集『万葉集』には、  我が欲(ほ)りし雨は降り来(き)ぬかくしあらば  言挙(ことあ)げせずとも年(とし)は栄(さか)えむ 大伴宿禰家持 と歌(うた)っている。
 学年初めは定期的に学校で各種の会合が開かれる。そのなかで今年も幕張中高では保護者による「教育後援会総会」が開催された(五月二十六日)。
 総会での講演会の演者は作家、彩瀬まる氏で、卒業生(一九期生)としての学校時代の想い出、「自調自考」の精神と「好き」を仕事にすることについて語り盡(つく)され、満場の保護者の感動を呼ぶ印象深いものとなった。私にとっては、特に印象に残ったのは、ご自身の学校生活を話されたところで、「幕張中高という処は、面白い学校で、何か特徴があったり、人と違ったものを持っている仲間がいると、お互いにそれを認め合って、特徴をいじめの対象としてでなく、競い合うものとして受け止めて競争しだす人達が出てくる処だ」。
 「帰国生」である彼女の「英語が出来る」という特徴を他の幕張生がこのように受け止めてくれていたということは、私達のそして君達の幕張中高の学校生活が多様性を認める誇るべき伝統となっていることを示しているようで感激した。
 彩瀬まる氏は、二〇一七年「高校生直木賞作家」(作品名『くちなし』)として選出され、現在第一線作家として活躍中。作品はサイン入りで本校図書館に多くあるので御参考に。なお、高校生直木賞は、フランスで三十年の伝統のある「高校生ゴンクール賞」に範をとって二〇一四年からはじまった賞で、今回も上半期、下半期二〇一七年直木賞候補作品十作から全国の高校生が「自分たちの一作」を選出したものである。
 ところで良いことは重なるもので、今年の第三十一回「山本周五郎賞」が『ゲームの王国(上・下)』(早川書房)に決定したとの連絡があった。作者は小川(おがわ)哲(さとし)氏(二〇期本校卒業生)。現在東京大学総合文化研究科博士課程在学。数学者でもある。論理学者アラン・チューリング(英)=コンピュータの原型製作者として有名=の研究者、本校から東大の理科一類に進学した理系の人が、大化けして新進気鋭の作家となって目の前に現れたのである。実は、私は縁があって、講談社推進の文化事業=野間文芸賞、吉川英治文学賞、吉川英治文学新人賞等=の表彰式に毎年参加している。今年の吉川英治文学新人賞選評によれば、小川氏の作品を含む候補作品五作はどれもレベルが高く、激論の結果、佐藤究(きわむ)氏になったが、小川氏の『ゲームの王国』は大変高く評価されていた。小川氏が卒業生とは喫驚。知らなかった。  人が成長するということは自分を「客体化」出来ることで、そこで人を感動させる作品が書けるという。そして人は生存を考える存在から実存を意識する人となるという。
 自調自考生、どう考える。