「自調自考」を考える 第370号

三月、弥生。旧暦雨水、末候、草木萌動。
 雨水のこの時期に降る雨を、木の芽起こしという。木の芽が膨らむのを助けるように降る雨をいう。植物にとってひと雨ごとに春が来るころ。そして冬の厳しさに耐え、蓄えた生命の息吹が外に現れはじめる。ほろ苦さが体の免疫力を高める菜花がこの時期、旬の野菜。
 『万葉集』巻五、大伴旅人の宅で、梅見の宴を催して、一同梅花を歌に詠む。

 春されば木末隠れて鶯そ鳴きて
  去ぬなる梅が下枝に
小典山氏若麿

 馥郁たる梅の香りを楽しむようにこの時期、梅の花に鶯、シジュウカラやメジロも姿を見せて、楽しませてくれる。日本人は古来より、世界でも稀な豊かで美しい自然の変化を楽しんできていた。
 『万葉集』巻八は春の雑歌からはじまる。そこには春の到来をよろこぶ歌が並ぶ。最初に志貴皇子のあの名歌が詠われている。

 石走る垂水の上のさわらびの
  萌え出づる春になりにけるかも

 そして、この時期学校では「卒業式=Commencement」、新しい世界に飛び立つ若者を祝う式典が挙行される。
 新しい世界は、変化と激動、再生と発展が占いとして出ている「乙巳の年」である。そして、激動・変化の年は科学の年になろう。未来予測が困難な時代こそ、未来の確たる見通しに科学を利用して生きることになるからである。社会科学、自然科学では、古来神の役割とされた未来予測の方法として科学を活用するようになる。つまり「事実を精密に観察し、科学的方法(アルゴリズム)によって表現する」ことを利用して予測を正確なものとすることが出来るようになる。
 昨年暮、自然科学分野でのノーベル賞受賞が、人工知能=AI(Artificial Intelligence)の開発、利用研究に与えられた事は、これからの世界ではAIという科学的手法が人間の世界に大きな影響を与えるであろう事態を予言している。
 一昨年末登場し、世界に衝撃を与えたChatGPTを作ったオープンAI社の創業者サム・アルトマンは、招待された慶應義塾大学での講演会で「皆さんはAIという革命的技術から最も恩恵を受けるラッキーな世代です。このような技術革命はそう簡単には起きません。AIという上に向かうエレベーターに乗ってキャリアがスタート出来るのです。」と学生に呼びかけたそうだ。そしてこれに応じて、慶應大の伊藤公平塾長は「大切なことは自らの意志で登るべき山(挑戦や目標)を定めることです。AIエレベーターは一気に山の頂と同じ高さまで連れていってくれますが、本当に登りたい山を登っているかを判断するのは人間です。」と述べられたそうだ。
 私達にとって重要な課題である人の「健康、創薬等の問題」を考えるには、「生命の起源」を解き明かすことから始める必要があり、今世界中の科学者がこの問題に取り組んでいる。
 ギリシャの昔、ソクラテスの一世代前に活躍した哲学者アナクサゴラスは「太陽は灼熱した石」と主張し、宇宙が形成される前に「万物の種子」が混沌とした状態で存在したと考えた。「すべての種」を意味するギリシャ語で、生命の起源を宇宙に求める「パンスペルミア」説の先駆者とされる。この説の有力な後押しをする発見があった。小惑星「ベンヌ」から米航空宇宙局の探査機「オシリス・レックス」が持ち帰った試料から「生命の種」が見つかった。
 生命の設計図とされるDNAを構成する五つの核酸塩基が発見され、更に三十三種類のアミノ酸も検出され、このうち十四種類は人体の蛋白質を作り出すアミノ酸(全二十種類)にも含まれるものだという。こうした物質が隕石で地球に運ばれ、糖やリン酸と反応してDNAやRNAが合成されていく化学進化のストーリーが成り立つと考えられる。
 ただし、こうした有機物がどう生命に結びついたかを解明するには大変困難な壁があった。この壁を乗り越えるAI技術の活用=蛋白質の構造を高精度で予測する=が既に世界中で始まっている。
 人間の知能を越える「超知能AI」の実現が近いといわれる昨今、AIの使い方は面白いが大変面倒な問題がありそうだ。
 自調自考生、どう考える。