「自調自考」を考える 第361号

三月、弥生。旧暦で雨水、草木萠動。
 雨水、春の気配が増し、草木の息吹をそこここに感じる時候。雪が雨に、大地は雪解けの水に潤され、雪汁といって古来日本人は農耕の準備をはじめる目安とした。冬の厳しさに耐え蓄えた生命の息吹が外に現れはじめる。ほろ苦さが体の免疫力を高める菜花がこの時期、旬の野菜。「ピィッイッピルルル、ピーチィピルピル」と繰り返し鳴く高い山地の森に住む鷦鷯が春の気配を知らせてくれる。日本の四季はまことに豊かで麗しい。
 この時期、学校では「卒業式(Commencement)」新しい世界へ飛び立つことを祝う式典を挙行する。
 そして、日本には百種類以上あるという菫が楽しめる季節でもある。

春の野にすみれ摘みにと来しわれそ
  野をなつかしみ一夜寝にける
『万葉集』巻八春雑歌 山部宿禰赤人

山路来て何やらゆかしすみれ草
 松尾芭蕉

 世界でも稀な豊かな麗しい春を迎える日本に、今年は、想像を越える大災害が襲った。二百四十人もの犠牲者(二月三日時点)を出した能登半島地震である。
 正月元日の地震で、千年に一度といわれる大地震である。被災された方々に、心から御見舞い申し上げる。復興回復に私達も、それぞれ出来る限り協力していきたい。
 更には、甲辰年の今年、世界は激動の年の様相をいよいよ呈してきた。
 前回、「平和」について論証したが、二〇二二年の「ロシアのウクライナ侵略」、二〇二三年の「ハマスがイスラエルに大規模攻撃、イスラエルが報復」の二年連続の国際秩序が脅かされる危機的事態と多くの一般市民の命が失われ続けていることを思うと、胸が痛くなって、平常心を失ってしまう。
 科学の世界では、「エントロピー増大の法則」という、物事は放って置くと無秩序の方向に進むという理論がある。何とか、今迄苦心して作り上げ、維持して来た国際秩序を回復して、無秩序の波がこれ以上波及しないことを心から願うものである。
 ところで科学の世界といえば、この春、まことに明るいニュースが飛び込んできた。月探査の可能性を広げる成果である。
 一月二十一日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「スリム(SLIM=Smart Lander for Investigating Moon)」の月面着陸成功の発表である。探査機の月面着陸は、世界で五ケ国目であるが(旧ソ連、アメリカ、中国、インドに次ぐ)、従来の「降りやすいところに降りる」ではなく、「降りたいところに降りる」技術を実証した成果であった。
 スリムは高さ二・四メートル、奥行き一・七メートル、幅二・七メートル。地球の何分の一かの重力を持つ月面に、着陸精度百メートル以内で、エンジンの逆噴射で着陸する技術は想像を絶する難しさで、「着陸迄の最後の二十分間は文字通り神頼み」との関係者の発言には、この困難さが滲み出ている。
 着陸途中、切り離しに成功した二機の小型探査機も順調に稼働している。
 現在、月の資源の開発や活用に注目が集まり、難しい場所を狙って着陸出来るというスリムの今回の技術は世界中が関心を示している。
 今後、米国とは月面や月を周回する基地の建設、有人活動で連携する。また、インドとは、水資源の獲得などを目指し、月の極域を探査する計画がある。
 日本の技術がこのように人類の為に国際協力を進める上に有効な力となることはまことに喜ばしい。
 日本人で、歴史上一番最初に月面を望遠鏡で観察し、クレーターをスケッチしたのは麻田剛立だといわれている。
 享保の改革で知られている江戸幕府の中興の祖、八代将軍徳川吉宗は好奇心のかたまりのような人であり、遠くベトナムから象を取り寄せ、西欧流の天文学に基づく暦の作成に興味を寄せ、麻田剛立の活躍を積極的に支援したという。
 「科学」を発展向上させる原動力は単に特許やテクノロジーを生み出し「役に立つ科学」の成果を示すことだけではない。今回のスリムの成功や「はやぶさ」の活躍が人の心を動かし、月は現代の「新大陸」と呼ばれる夢を与え新しい人類の物語りを紡ぐ「文化としての科学」の力を持っていることを大切にしたいと考えるが。
 自調自考の生徒諸君、どう考える。