夏休みが終了。学校は、二学期に入った。九月、長月。白露次候鶺鴒鳴く。残暑が引いて、秋がはじまる時期。そして十月、神無月。霜降末候霎時施。
行事の大変多い学期が始まり、学校は、学園祭(槐祭、文化の部)を迎えた。今年も沢山の来場者で大いに賑わった。来場者数、一万六千人は史上最高であった。
チィチィ、チチィと鳴く尾の長い小鳥が鶺鴒の一種、白鶺鴒だが、歩くとき長い尾を上下に振るので、「石たたき」とも呼ばれる。日本書紀にも登場するというからおどろきで、日本文化の特色を示している。
九州の博多、宮崎八幡宮では丁度この時期、千年以上の歴史を持つ祭り〝放生会大祭〟がある。生命をいつくしみ、秋の実りに感謝の意が込められているという。
そして今年の槐祭テーマは「余白は無限大」。若者達にとって、いよいよ複雑で未来の見通しのつきにくい時代。「青年即未来」の若者達が苦吟し、突破口を見出そうとしている気持ちが窺えるテーマである。二千数百年前の哲学者アリストテレスはこんな言葉を残している。「大きくかけ離れているものの中にさえ、類似を見てとるのが物事を的確につかむ人の本領なのだ。(『弁術論』)」これは、歴史を学ぶことが重要であると述べているだけと理解するのは充分ではない。
人間についての研究、つまりは「人間とは何か」につながる学問は当然人間が作り出してきたものを見て議論している。そのなかで近年「人間がやってきたものだけを見て議論していても、人間のことはいつまでたってもわからない」と考える人が増えてきている。人間の生命体として知覚(五感)を越えた世界=量子力学の世界を知ることや、惑星としての地球の存在=宇宙の起源・物質の起源といった議論がされることで「人間とは何か」を理解するのに必要な考え方が生まれてくると考える人が多くなってきている。
ホモ・サピエンス=知性を獲得した生物=としての知性のあり方についての議論がいよいよ若者達にとって重要なことになっている。
筆者としては、「人間とは何か」を考える際には、こうした要素以外に、さらに文化とか芸術の重要性を指摘してきた。
振仰けて若月見れば一目見し
人の眉引おもほゆるかも
『万葉集』巻六
大伴宿禰家持
万葉集編纂に重要な役割を果たした家持の最も早期の作品。十六才くらいの時で、少年らしい美しい初月の歌として知られている。
そこで、若者達が未来について考える際に提示しておきたいものとして、二〇一五年、国連サミットに於いて全会一致で採択された目標がある。十七項目が具体的に示されている目標「SDGs」である。
「持続可能な開発目標」といわれるもので、学園長講話でも示しているので一つひとつここで触れることはしない。国連としては達成年度を二〇三〇年とし、「誰一人取り残さない(Leave no one behind)」を標語とし、「地球の未来は、キミが変える」という運動標語も有名である。
さらに、目標実現の為、必要な言葉が有名になってきた。「Empathy」という用語である。年度ごとに示されてくる「国連関係機関」の行動計画に、必ずといって良い程に「Empathy」に焦点を当てた標語が使われてきている。
「Empathy」とは、「他者の感情や経験などを理解する能力」を意味する用語として使われている。
SDGs計画でいえば、「SDGs持続可能な開発計画」を世界中で、実現に向けて共同して努力していく為には、必須の力であると考えられているのである。
「Empathy」に似た同じような言葉に「Sympathy」という言葉がある。誰かをかわいそうだと思う感情や友情という意味で使われている。この用語はアダム・スミスが『国富論』のなかで、自由市場経済が成立し、経済が成長発展する原動力となる為の条件とした「合意」という意味で使われている。「Sympathy」が一人ひとりの心の中に有効に存在することで、「自由市場経済」が正しく発展していくという分析は、その後の歴史の経験から正しかったことを示している。
これから将来の諸問題を考えるうえで、最も重要な要素は一人ひとりの心の中にあると考えるのが出発点だということか。
自調自考生、どう考える。
