「自調自考」を考える 第349号

立冬・旧暦二十四節気、七十二候によれば末候、金盞香の季節。
 日本人は、自然の流れによりそって、季節それぞれの風物詩を楽しみ、折々の祭や行事に願いを込めて、心豊かに生きて来た。
 樋口一葉は『たけくらべ』に「或る霜の朝水仙の作り花を格子門の外よりさし入れ置きし者の有けり」と、この季節を書き出す。水仙の花が咲き、かぐわしい香りが漂うこのころを、「金盞」(水仙の別名)香しと云う。
 蒸暑さがなくなり、秋は突然にやって来る。乾いた空気が花々の発する芳香を運ぶ。心持良い季節の到来である。
 万葉集巻二十にはこの秋の季節を歌うこんな一首がある。

 旅衣八重着重ねて寝のれども
  なほ肌寒し妹にしあらねば
   望陀郡(千葉県君津郡)防人歌

 近年日本ではこの時期「ハロウィーン」が盛大に祝われている。
 ケルトの民俗行事から生まれたとされるキリスト教の「万聖節」の前夜祭。子ども達には、「Trick or Treat」と云って菓子をねだって歩く楽しい時。
 季節は「小春日和」Indian Summerを楽しみにする時期になる。
 冬の到来を控え、北半球では、地球規模の大会が活発に動き出す。国際連合総会から始まって、ノーベル賞受賞者発表週間(十月三日から十月十日迄)が続く。世界中が受賞者のニュースで騒ぎ出す。
 新英国国王チャールズⅢ世が熱心な支援者である「世界自然保護基金」WWFのロゴマークにはパンダが使われている。今やパンダが環境保全のシンボルになっているのは、代表的な絶滅危惧種であり、中国南西部の標高1300mから3500mの環境でしか生きられない生物だからだ。
 主食は竹。世界中の動物園にいるパンダは全て竹と冷房装置を必要とする。云うまでもなく私達人類も生存に必要な自然条件が維持される必要がある。生存に好ましい風景=澄んだ星空、木々の緑、晴れた青空=といった環境を我々は美しいと感じる。進化心理学ではこの美しいと感じる感性は、太陽という可視光で輝く星の惑星に発生した人類の生命独特のものであると説明する。自然選択の過程で遺伝子に書き込まれたものなのだろう。
 十一月にエジプトで開催される国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)の準備が始まる。
 温室効果ガスを二〇三〇年迄に大幅に削減する計画である。我々も人類の一員として協力していかねばならない。
 話はノーベル賞受賞に変わる。私達人類(ホモサピエンス)にとって知識という地図に記された最も希望に満ちた言葉は、テラ・インコグニタ=未知の領域=である。ノーベル賞受賞報道に接すると、なんとなく心が明るくなるのは、この希望を感じる為なのであろう。
 二〇二二年、ノーベル賞の自然科学三賞は欧米の計七人の受賞と決った。いずれもこれ迄になかった研究分野を開拓し、それが発展して予想外の成果を生みだす「ブレークスルー」を起こしたことが特徴である。
 物理学賞は「量子のもつれ」についての実験を独自に考案し、アインシュタインの「神はサイコロを振らない」と云った批判を乗り越え「もつれ」の実在を証明した実績に対して与えられた。今日の量子コンピュータや量子通信などの最先端科学技術の基礎になっている。化学賞は「クリックケミストリー」という簡単で効率の良い有機化合物の合成方法開発に対して与えられている。
 生理学・医学賞は直接には役立たないように見えるヒトの祖先進化の方向に研究の光を当て、「古ゲノム学」という学問の新しい分野を切り開いた功績に対して与えられた。
 人が地球の歴史を変える「人新世」の時代、人の根源を遡って研究することは人を真に理解する為には不可欠のことである。これから真に重要な研究が展開する。受賞者はマックスプランク進化人類学研究所教授スバンテ・ペーボ博士。大変な親日家で日本の沖縄科学技術大学院大学(OIST)の教授でもある。人類社会への科学技術分野で日本が貢献していることは大変うれしく、コロナ禍下でも何となく明るくなる。
 自調自考生、どうだろう。