「自調自考」を考える 第345号

学園長 田村 哲夫

 四月、卯月。清明、初候、玄鳥至。冬を東南アジアで過ごしたつばめは、数千キロを越えて日本に渡って来る。玄鳥、乙鳥、天女等春の使いの呼び名さまざま。人家の軒下などに好んで巣をつくる。清明とは全てのものが清らかで生き生きし、生命の輝く季節のこと。
 学校では入学式を迎える。

 苗代や家は若葉に包まれて
 原 石鼎

 校庭の「染井吉野」、「八重桜」そして「枝垂れ桜」が順に開花していく桜の季節がはじまる。微紅色の五弁花を咲かせる日本の国花とされる「山桜」は吉野山で有名。世界にも稀な豊かな自然を実感するなかで学校がはじめられる。

 うちなびく春ともしるくうぐひすは
 植木の木間を鳴き渡らなむ
『万葉集』巻二十 右中弁大伴宿禰家持

 新学年初めの春、明るく元気に学校は始まる。しかし一方で、二年越しのコロナ禍も続いている。そして、コロナ禍は人間や社会の営みが生み出す様々な歪みを炙り出し、深刻化して、様々な問題を人類社会に突き付けている。
 技術の進歩が社会技能の細分化を齎し、結果私達には今日局所的な事象が生活の全般を覆い、「生」の全体像がますます把握しにくくなってしまっている。例えば、日常的にはメディアやネットに流れる情報を鵜吞みにして凝り固まった固定観念でしか世界を捉えられていない。
 結果、人類社会は、今世界規模での格差拡大、社会の分裂に悩んでいる。世界中で価値観の揺らぎと社会の混乱が噴出し、コロナ禍で、混迷は拡大、再生産されている。
 「青年即未来」である。未来を生きる青年達にとってこれは大問題である。
 「人間」にとって最も重要な課題は、「人間らしく」生きるということで、この「人間らしさ」とは、人々が「自由」で尚且つ「社会」を形成し活動することが出来るということを意味している。
 「自由」とは、一人一人の人間としての尊厳と権利を最大限尊重し守られていることである。この意味では「自由な社会」は人間にとって一種の理想郷であり永遠の夢でもあると云っても良いだろう。「自由」でありながら秩序を必要とする「社会」を形成し運営維持していかねばならないという難題解決は、人間にとっての永遠の課題であるが、私はこの問題意識こそが特に青年にとっての最も重要不可欠なテーマだと考えている。残念ながら今、ウクライナで戦争という「人間の尊厳を著しく傷つけ、自由を圧殺する事件」が進行している。
 この春、「人類の未来を考える 人文知における先端と古典の融合」というテーマのシンポジウムに参加した。そこで議論された人文知とは、人類が数千年かけて作り上げてきた「科学的思考」(学問としては自然科学、人文科学、社会科学)を人文知と呼び、人文知の力で人と人の間のつながりを深め、現在進行している人間の尊厳を傷つけるような事件の解決を見出そうとするシンポジウムであった。
 私が感銘したのは、基調講演者大隅良典博士ご自身のノーベル賞受賞された研究に関わるお考えであった。受賞研究は菌界(五界説における動物界、植物界と並ぶ菌界)の酵母のオートファジー(自食作用)という殆ど人々が注目をしない現象で、説明によれば研究の原動力はご本人の夢中になる純粋な知的好奇心であるが、同時に大切にした、そして重要だったのが全く違った思索による思考との交流(コミュニケーション能力)と力説されたことであった。
 現代社会は、人間を含め全てを貨幣価値で値踏みし、人の能力は物として商品交換されている。この市場社会の考え方に振り回されない一人一人が人間としての主体的生き方「自由」を取り戻し、人間とはどんな生き物かという本質的問いかけに答える人文知の力を身につけることが青年にとってこれからの最大のテーマになると考えた。私もこれから中高生のリベラルアーツと云われる「学園長講話」で、これを伝えていきたい。
 自調自考生、どう考える。