「自調自考」を考える 第334号

 三月、弥生。この時期、学校は三十六期生を送り、新入生を迎える準備に忙しい。
 季節は、春、雨水末候、草木萌え動く(冬の間に蓄えていた生命の息吹が外に現れはじめる)。雨水のこの時期に降る雨を、木の芽起こし、催花雨という。春の訪れを告げる緑黄色の花、菜花が目立ちだす。

 春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
『枕草子』清少納言 第一段より

 春には「暁」と「曙」そして「卒業式」が似合う。

 春めきてものの果てなる空の色
          飯田 蛇笏

 国際基準として太陽暦使用は重要なことであるが、四季変化の豊かな日本列島に生きる私達にとって、旧暦七十二候二十四節気が示す季節感、そのなかで育った豊かな感性を持つ日本文化を生かすことで、私達の生きていることの豊かさを想いおこさせる旧暦も大切に残しておきたいものだ。
 雨水の次には、啓蟄。陽気に誘われ、土の中の虫が動き出す。

 春の野にすみれ摘みにと来しわれそ
  野をなつかしみ一夜寝にける
  『万葉集』巻八春雑歌 山部赤人

 山路来て何やらゆかしすみれ草
           松尾芭蕉

 さて、コロナ禍下、中学高校の生活を送り、大変な困難不便さを経験して卒業する諸君在校生諸君を意識して「英知で困難を乗り越えよう」というメッセージを送り届けたい。
 昨年秋、発表された自然科学分野のノーベル賞受賞は次の三分野に授与されている。
 生理学、医学賞は「C型肝炎ウイルスの発見」
 物理学賞は「ブラックホールの存在の証明」
 化学賞は「ゲノム編集技術の開発」
 この三つの受賞のどれもが、実は新型コロナウイルスに翻弄されている人類に向けたメッセージ「英知で困難を乗り越え、新しい未来を築き上げる重要なヒント」を示している。(「ノーベル賞が映す未来」杉森純)
 二〇十九年末、中国、武漢で始まったとされる新型コロナウイルスの感染は、またたく間に世界に広がり、「パンデミック」となった。未知のウイルスが原因で、治療法(特効薬)も予防法(ワクチン)も確立されていないことで、恐怖心を倍増させる。病気は原因(この場合はウイルス)が特定されないと対策を講じることが出来ない。
 「C型肝炎」との戦いは、長い時間をかけて未知のウイルスの正体を解明して、予防法や特効薬の開発につなげた輝かしい人類の英知の活動の実例である。受賞者三人の研究成果は、未知のC型肝炎ウイルスの遺伝子物質RNAから蛋白質のかけらを作ってウイルスの正体を明らかにしたことで、その結果「直接作用型抗ウイルス薬」と呼ばれる新しい治療薬の開発を進めることが出来るようになる。現在ではほぼ100%近い治癒を目指せるまでになっている。このC型肝炎ウイルスの克服の歴史は、今新型コロナウイルスに翻弄される現在の私達にとって実に心強い成功物語である。
 実際今回のコロナウイルスに対しても、人類は着々と対応を進めている。遺伝物質RNAを利用した「ワクチン」や「直接作用型抗ウイルス薬」(コロナ用)も次第に解明されつつある。
 人類が「未知」なるものに対してただ恐れるだけでなく、興味を持って謎解きに取り組む姿勢は、今回のノーベル物理学賞、化学賞にも共通して明確に表われている。紙面の関係で解説しきれないが。
 自調自考生、どう考える。