「自調自考」を考える 第346号

新しい「自調自考生」、高校七十二名、中学二百九十名を迎え、渋谷幕張中学・高校の新学年が始まっている。
 五月、皐月。立夏、小満、そして六月、水無月。芒種、初候、蟷螂生の季節を迎えている。古来日本では六才の六月六日を稽古はじめの日とし、芸事の世界ではこの日を大切にしている。日本の無形文化遺産第一号登録の「能楽」でも、有名な指南書『風姿花伝』(観阿弥・世阿弥)に「芸をはじめるのは数えの七才(満六才)からがいい」と書かれている。
 日本の旧暦で今の時期を芒種と呼ぶが、芒とは稲の穂先にある針のような突起のことで、稲や麦など穂の出る植物の種を撒くころのことを芒種は意味する。
 私達の生活文化の基盤はこのような豊かな自然の変化を楽しんで作られている。

    『万葉集』巻八 藤原夫人
  霍公鳥いたくな鳴きそ汝が声を
  五月の玉にあへ貫くまでに

          志貴皇子
  神名火の磐瀬の杜の霍公鳥 
  毛無の岳に何時か来鳴かむ 

 学校では、新学期を迎え、「保護者会」「教育後援会」等々が開かれ、いよいよの出発である。
 渋谷幕張中高では、コロナ禍で延期となっていた開校記念講演会が「幕張より宇宙へ」と題して四月二十二日に実施された。諏訪雄大東京大学准教授(十六期卒)の、人生の研究経歴(自調自考)を通した宇宙そして自然の雄大広壮な舞台(ブラック・ホール)での、科学の挑戦の話を印象深く伺った。自調自考生諸君には大変刺激となったであろうと考える。
 丁度、ノーベル賞受賞と関わった「ブラック・ホール現象」が、我々の銀河系宇宙の中心に在り、その存在を確認する写真撮影に成功し、その新聞発表と相俟って、時期に適した講演であった。撮影は世界六ヶ所にある八つの電波望遠鏡で同時に観測し、望遠鏡を連動させることで解像度の高い巨大望遠鏡に見立てて観測し、撮影に成功した。人間の視力にすると視力三百万になるそうだ。
 全てのものを吸い込んでしまうほど強力な重力を持つとされるブラック・ホールは、アインシュタインの一般相対性理論から存在を予言されてきたが、それを裏付けた写真撮影で、直径や質量も分かった。解析を進めることで、成立や更には物質そのもの、分子原子の成り立ちなどが分かっていくと考えられている。
 夢のある話から一転して、地上では現在、戦争が起きている。人間の尊厳を無視し、自由を徹底的に局限した戦争である。一刻も早く、終結させねばならない。
 しかし、自調自考生としては、先ず取り組むべきことは、どうして戦争が起きるのかということの原因をしっかり考えてほしい。「より自由になるため」大学に行くと考えられる自調自考生にとっては、特にこの「自由」を局限されてしまう戦争、そしてこの現象が、誰も良いことと考えていないのに起きてしまうことの無意味さをしっかりと考えてほしい。
 我々ヒトはホモ・サピエンスと呼ばれている。本能でなく知性に因って生きる生物という意味である。その意味では、人の知性そのものに含まれている不完全さ、不充分さに原因があるとも考えられよう。
 人が依って立つ「知性」は、人の持つ「自由意志」を「理性」と「良心」が支えることで正しさを保ち続けることが出来よう。
 同時に、生物であるホモ・サピエンスは、一人一人が自律的な存在であると共に、「社会」を形成することによってしか、地球上で生きていくことが出来ない。社会を形成し生きていくなかで、社会から学ぶ全てのものを「文化」と私達は呼んでいる。
 二十一世紀初頭『文化がヒトを進化させた』(ジョセフ・ヘンリック ハーバード大教授 人類進化生物学)が出版された。長らくヒトの行動や心理の説明として議論された「遺伝か環境か」といういわば不毛の論争に決着をつけてくれそうな出版物の出現である。
 そこで私は、ヒトの依るべき知性は「文化」を深く学び、今迄以上に大切にすることで、正しく成長成熟していくことが出来るのではないかと考えている。
 先般、日本の国会でウクライナ大統領ゼレンスキーは、「人々は住みなれたふるさとに戻らなければいけない」と演説し、私達を感銘させた。「ふるさと」という言葉の意味する「文化」を大切に。成熟発展してきた地球各地にある「文化」を学ぶことにより「ヒトにとっての正しいこと」がわかってくるのでは。
 自調自考生、どう考える。