「自調自考」を考える 第350号

 二学期が終了する。短期間の、年の改まる冬期休暇を迎える。有効有益な計画を立てて、しっかりと過ごしてほしい。
 季節を四等分した春、夏、秋、冬の他に二十四節気と七十二候に分け、こまやかな季節の移ろいを楽しんでいた日本人は、この時期を冬至初候乃東生=うつぼぐさの芽の出てくるころ=と呼んでいた。
 冬至は一年で最も昼が短く、夜が長い。これから日が伸びていく。古代では、冬至が一年の始まりとされていた。この時期の柚子湯は、一年の始まりに身を清める禊の意味があったといわれている。

 冬至梅暖炉の側でふくらみぬ 山口青邨

 『万葉集』では梅は冬にも春にも詠まれている。

 雪の梅の歌

 今日降りし雪に競ひてわが屋前の冬木の梅は花咲きにけり 巻八冬雑歌 大伴家持

 さて、コロナ禍の下、次第に蔓延がコントロール出来つつあるところで、学校の生活もかつての元気よさを取り戻しつつある。
 大賑わいであった来校者を迎えての学園祭の実施に続き、三年振りの対面による六回目のホームカミングデー。海外からのオンライン参加も賑わいに色を添えた。黙食緩和(適切な感染対策の下)そして生徒諸君の待ち望んでいた学校行事としての海外交流の準備がはじまっている。
 いよいよ、ワクワク・ドキドキする学校生活が充実されていく。
 世界的にみてもここ数年は、事態は少し悪くなっていた。新型コロナウイルスの流行によって人間の平均寿命は短くなり、数世紀にわたる傾向が逆転した。しかしこれは一時的逆行と考えてよいだろう。
 歴史をみても、一九一八年から一九二〇年のパンデミック(スペイン風邪と云われた)により、平均寿命は低下したが、終息後すぐに上昇に転じている。加えてロシアによるウクライナ侵攻(特別軍事作戦と稱している)も、第二次大戦後の七十七年間、欧州では主権国家間の戦争はなかったことに逆行した見逃すことのできない大きな事件である。しかし今の処、ウクライナ戦争の死亡率は、人間が侵してきた近年の多くの戦争と比較するとかなり低く抑えられている。
 人間の進歩の過程では、必ず停滞や後退といった現象が起こる。しかし今年が悪かったからといって、ずっと悪くなり続けてしまうとは考えられない。
 私達は正しく、合理的に考えよう。合理的に考えるとは、目標を達成する為に「知識」を、偏見を持たずに正しく使うことだ。
 『人はどこまで合理的か』(スティーブン・ピンカー ハーバード大教授・進化心理学者)。世界をより良くしていく唯一の方法は「合理的に考えること」と云うのはその通りだと考える。勿論、合理的な議論によって誰をも説得出来、独裁者を止められるかと云えばこれはかなり難しく必ずしもそうだとは云い切れない。しかし歴史を調べると、合理的な議論を人々の間に広め独裁政権を倒した例は数多くあり、歴史はこの流れを正しいと保証している。
 合理性を学ぶとは「現実の法則」を知ることだ。例えば、今回のウクライナ戦争で云えば、十八世紀に活躍したカント(独・哲学者1724~1804)の『永遠平和の為に』という著作で述べられている「永遠平和の実現の三条件」は人間の知識が生み出した合理的現実的な考え方(法則)を明示している。
 (1)どの国の市民的体制も共和的であること。(2)国際法は自由な国家連合に基礎を置くべきこと。(3)世界市民法は普遍的な歓待の条件に制限されるべきこと。(地球の一つの場所で法、権利の侵害が起こると、それは全ての場所で感じられる)この三条件は現実の地球社会では既に多くは実現しているが、いろいろな条件でまだ完全ではない。
 地球社会で今、権力分立、間接民主主義国が多く成立し、国際連合、EU、地域機構が成立し、国境を越えた人権擁護運動、世界人権宣言(基本的人権)国際人権規約等の活動があるが、完全にはなっていない。とにかく完全実現に向けて努力を続けていく以外「平和の実現」は困難であると考えている。
 人間の合理性を信じ、手を繋いで自信を持って活動を継続していこうではないか。
 自調自考生、どう考える。