「自調自考」を考える 第351号

 2023年、令和五年、暦注干支で癸卯の年である。
 干支は中国由来の東洋思想=陰陽五行説=を礎にした六十年周期で循環する暦で、古来未来を探るための手段として使われてきた。
 コロナ禍下、停滞し続けた世の中にそろそろ希望が芽吹く春がやってきそうである。癸卯は「寒気が緩み、芽吹を促す年」を意味している。
 人は知恵を持って生まれた瞬間から死を知り己が生きることの意味を探してきた。そして天意を知ることが人の道であると考え、生まれたのが「陰陽五行思想」である。干支は六十年に一回繰り返す「循環する暦のシステム」だが、この循環する考えは、古代エジプトやローマの暦にも見られる。もっとも、この思想では年の始めは「立春」の日、二月四日となるが今年はおおらかな気持ちで過ごしていこう。

 新しき年の始めの初春の
  今日降る雪のいや重け吉事
『万葉集』巻二十 因幡国守大伴家持
 七五九年(天平宝字三年)元旦の宴での新年を祝う一首として名高い。この「初春」は万葉集中家持だけが使った言葉だと云う。家持の歌言葉への挑戦が表れている。
 旧暦によれば、今季節は小寒初候芹乃栄。七草粥(春の七草=せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ)をたのしもう。
 新年を迎えたところで人の起源解明に触れた昨年のノーベル生理学・医学賞受賞を考えたい。独「マックスプランク進化人類学研究所」のスバンテ・ペーボ教授の研究=ネアンデルタール人等古代人の遺伝子を世界で初めて解読したこと=が評価された。ペーボ教授は沖縄科学技術大学院大学(OIST)の客員教授も務め、東北大学の「東北メディカル・メガバンク機構」(日本人の約十五万人分のゲノムデータ保有)との共同研究も進行している大変な親日家である。
 具体的には人類の進化の過程が、現代人の病気の由来やなりたちに関わっていることの一端を示すことが出来たのが受賞の理由である。
 三〜四万年前に絶滅したとされる旧人「ネアンデルタール人」の遺伝子が現代人に1〜4%受け継がれ、その遺伝子に新型コロナウイルス感染症の重症化に関係するものがあることが発見された。
 また現代人のゲノム(全遺伝情報)には、ネアンデルタール人にはない遺伝子変異があることがわかり、それが脳神経細胞を増やしたことも判明した。但しペーボ氏は、古代人の絶滅は「私達が賢かったからというより社会性が優れていたからだと考えている」と指摘している。
 そして今年、地球人口は国連推計では八十億人を突破する。今から二千年前にはおよそ三億人と推計されている。
 地球という限定された地域で、エネルギー、食糧、環境という三つの問題がトリレンマ(一つが変わると他の二つに問題がおこる)に陥り、互いにけん制し合って、急激に起きている人口増加問題を複雑にしている。
 人間が生きていく上で不可欠なものは食料である。地球上には食物連鎖の10%ルールというものがある。植物の蓄えるエネルギーの10%は草食動物に、さらにその10%は草食動物を食べる肉食動物に流れる。
 地球上のエネルギーのおおもとは太陽からの光エネルギーで一日当たり七百四十京キロジュール。植物がたくわえているのはそのうち0.1%、八千兆KJである。人間の食性、肉魚穀物摂取と考えると原理的には八十兆KJ利用出来るとなる。人の一日の食料は大略一万KJ。計算すると人の生きる地球上の許容数は八十億人となる。もう上限に達しているのか。間違いなく考えられることは、これからの世紀、人口増加の地球では、常にこのトリレンマに悩むことになるということであろう。そこで「人間とは?」という根源に関わる問いに答える研究が一層深められる必要がある。今回の生理学・医学賞受賞の理由はそこにある。科学という手法は常に根源を解明することからはじめられる。
 自調自考生、どう考える。