「自調自考」を考える 第355号

五月、皐月が過ぎ立夏、小満、季節は初夏、麦秋。そして六月、水無月、芒種、蟷螂生。稲や麦など芒のある穀物の種蒔の時期になる。
 日本は六百三十三種野鳥がいるが、渡り鳥でもある三鳴鳥(コマドリ、オオルリ、ウグイス)が登場してくる時期でもある。「ヒーリーリーリ」と朗々とさえずった後「ヂチッ」という濁ったさえずりを付け加えるオオルリ。「ヒンカラカラカラ」と馬のいななきのような鳴き声から駒鳥と名がついたコマドリ。「ホーホケキョ」の鳴き声で有名なウグイス。但し繁殖期の春だけで、それ以外の時には、「ジャッ、ジャッ」と低い声。そして世界でも稀な多種多様な植物群が一斉に花をつける。まことに日本の四季は豊かで目まぐるしい。
 日本の生活文化の基盤はこのような豊かな自然の変化を楽しんで作られている。

  振仰けて若月見れば一目見し
  人の眉引おもほゆるかも
    『万葉集』巻六 大伴宿禰家持

 最も早期の家持の歌。十六才ぐらいの時である。少年向きの美しい初月の歌として知られる。
 学校では、新学年を迎え、学園長講話がはじめられ、「保護者会」「教育後援会総会」等が開かれ、いよいよ学年の出発である。新型コロナの世界的流行から三年余。五月五日には、世界保健機関(WHO)による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(死者六九二万人・感染者七億六五二二万人)も終わった。
 代わって、すさまじい勢いで世界に広
がっている生成人工知能が既存の社会システムを変える程の破壊的イノベーション(技術革新)として登場してきた。学校でもチャットGPT(Generative Pre‐trained Transformer)の話題で持ちきりである。
 政府も対話型AI(人工知能)サービス「生成AI技術」の急速な進歩を受け「AI戦略会議」を設置し、その活用や研究開発、規制のあり方、ポテンシャルとリスクを検討し始める。また先進七ヶ国(G7)のデジタル・技術相会合では「共通ルール」に基づき個人情報の保護や偽情報に対処する「責任あるAI」の推進を掲げた共同声明を採択し、G7教育相会合では生成AIを含めたデジタル技術の急速な発達が教育に与える正負の影響を論議して慎重に対応することを決議する。
 そこで今回は学校の授業や課題の出し方を根こそぎ変革させるだろう生成AI(チャットGPT)の技術の発展を考えたい。
 チャットGPTは「深層学習」(ディープラーニング)という技術に基づいている。深層学習は人間の脳神経細胞(ニューロン)の仕組みを模したシステムである「ニューラルネットワーク」がベースとなっており様々な手法が開発されてきたが、チャットGPTはそれ以前のディープラーニング手法が持つ「長期記憶が苦手」「並列処理ができない」といった課題をクリア、膨大な学習が可能になり、文脈を考慮した文章生成や文章の意味理解が可能になったと言われている。
 電子計算機コンピュータの開発創成時よりこの発想はあり、人間の頭脳の再現という意味で「人工頭脳」と云われていた。アラン・チューリング(英1912─1954)が計算機械チューリングマシンを作り計算定式が知性や思考に繋がり得る能力と限界を議論して大きな貢献を残している。因みに幕張卒の直木賞作家小川哲氏の大学院時代の研究テーマでもある。
 コンピュータの処理速度や記憶容量不足の問題で実現出来なかった人工頭脳はハードウエアの急速な進歩で実現に近づいて
いく。
 ネット社会の到来もまた人工頭脳実現に大きく働いている。ネットに残る膨大な文章の蓄積と、アルゴリズム(算法)のブレークスルーが重なって高度なAIが実現した。つまり言語モデルの大規模化である。
 チャットで云えば、「GPT─1」では言語モデルがパラメータの数一億個程度であったが「GPT─3・5」では三五〇〇億個。現在話題になっている「GPT─4」ではさらに多くなっていると推測される。このパラメータの数は人間の脳の神経細胞のシナプス数に相当するので、現在の生成AIは、人間の脳より三桁ぐらい少ない。早晩追いつくのであろう。結果どうなるかは今の処わからない。
 この事態に対して、一九七五年の「アシロマ会議」が想起される。バイオテクノロジーの草創期に開かれ、遺伝子工学技術の潜在的リスクが議論され安全性評価や危険防止方法が確立する迄研究を凍結することや国際会議による議論が提案され、この枠組みは今でも機能して世界標準となっている。提案書の中にDNA構造解析で有名なジェームズ・ワトソン(米1928─)がいる。使い易い、便利だからといって安易に使うのでなく、そのリスクと限界を今しっかり真剣に考える必要がある。
 自調自考生、どう考える。