「自調自考」を考える 第357号

夏休みを終え、学園は二学期に入る。九月、長月、白露草露白の暦、「槐祭」が催された。
 今年のテーマは「Abnormal, As normal」。普段の学校生活が普段を超えている学校としての生徒諸君の自負を込めたテーマである。コロナ禍を越え、ウイズ・コロナ時代、ようやく従前の状況に近づいたなかでの開催で、来校された方々も二日間で約一万四千人。熱気満々の「文化祭」で、久し振りに正常な学校生活、学校の行事活動を生み出す自調自考の「渋幕」らしい活力に接し、大変よろこんでいる次第である。
 この勢いで、二学期以降充実した活動を続けたいと願っている。
 毎回指摘していることだが、まさに「槐祭」は、私達の学校の重要な「ミーム(meme=文化遺伝子)」(リチャード・ドーキンス 進化生物学者)としての役割を果たしてくれている行事なのである。
 ジョセフ・ヘンリック(ハーバード大教授 人類進化生物学者)は、人類進化のユニークさの起源を、ヒトの持つ遺伝的資質として「特筆すべきものは周囲から知恵を学んでそれを伝えられることにある」と指摘している。ヒトの持つ形態的特徴や心的能力は、それを可能にする方向で自然選択の洗礼を受けてきた。この因果関係を、ヘンリックは「文化進化」と呼ぶ。
 幼児は見知らぬモノを恐れ、年長者の行動を熟視して模倣する。大人になっても、経済ゲームの参加者は成功例を模倣する傾向が強い。こうして、この遺伝的な気質は、文化の模倣がもたらした成功によって強化され獲得されてきた。(『文化がヒトを進化させた』ヘンリック著)
 文化(Culture)とは「人間が学習によって社会から習得した生活の仕方の総称であり、衣食住はじめ技術、学問、芸術、道徳、宗教など物心両面にわたる生活形成の様式と内容を含む」ものである。そして文化が果たしている役割は、それぞれの生きる力(活力)の源を作り上げていく基盤になっていると考えられよう。
 世界中に残っている多種多様な文化遺産(有形、無形を問わず)が大切に保存されているのは、人が活き活きと生きる根本的な力がどこから生まれるかを知る為には絶対に必要なものだからである。
 近現代社会の源流は、ギリシャ・ローマ或いはギリシャ・ラテン古典文化にある。そしてもう一つはキリスト教にある。ギリシャ文化より古く、欧州に多くの影響を与えているエジプト、ヒッタイト、メソポタミア等の文化或いは同じギリシャでもミケーネ(ミュケナイ)文化もあるが、なぜギリシャ文化が欧州文化の初めとするか。それは祖霊動物神からの脱皮がギリシャに始まっているからである。
 ヒトは、ギリシャ文化によって、地球上で最も優れている生き物は、人間であって、他の動物ではないことに気付かせてもらった。
 そしてギリシャ文化以降、人は崇め奉る対象=神を人間の姿に表している。それ以前の古代文化は動物を神として崇めていた。
 キリスト教も、人間はイマゴ・デイ(Imago Dei=神の似姿)という考えを持つ。人間は神ではないが神の似姿に象って作られており、神の持つ知性や言葉を、規模を小さくした形で持っていると考えている。
(『旧約聖書』創世記第一章)
 こうして、現代に至る「人間中心の文化」が発達して近現代社会が成立していくのである。
 ギリシャ語で教育をパイディア(Paideia)と云う。言語としての意味は「子育て」である。つまり教育の目標が「神」の似姿を持つ人間であることが示されている。
 ところで、日本文化にも世界に誇れる古代人の世界観を残した文学がある。大切にし、しっかり伝えていきたいものだ。

 天の海に 雲の波立ち 月の舟
  星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
『万葉集』巻七 柿本朝臣人麻呂

 今年は柿本人麻呂没後千三百年である。
 自調自考生、どう考える。