「自調自考」を考える 第358号

旧暦立冬。次候。地始凍。七五三詣りを祝う。この時期白い五枚の花弁の真中に黄色い蕊が集まる小さな花、「茶の花」が楽しまれる。
 自然の流れに寄り添い、季節の風物詩を楽しみ、折々の祭りや行事に願いを込めて心豊かに日本人は生きてきた。

 茶の花や利休が目にはよしの山
山口素堂

 春の七草に対比して、万葉集の憶良の歌では、萩の花、尾花、葛の花、撫子、女郎花、藤袴、そして朝顔を加えた秋の七草がある(現代では、朝顔に代えて桔梗とする説もある)。七という数字は古くからの陰陽学で尊ばれた数。この伝習は今も生きている。

 山の末にいさよふ月を出でむかと
  待ちつつ居るに夜そ更けにける
『万葉集』巻七 作者未詳

 欧米では、この時期の伝統的行事として、ケルト民族行事由来の「ハロウィン」が盛大に祝われる。キリスト教の「万聖節」の「前夜祭」である。子供達は「Trick or Treat」と云って菓子をねだって歩き楽しむ。
 学校では、「小春日和」Indian Summerと云われるこの時期、校外研修行事が行われた。中一から高二迄、日本の「文化」の発達伝承の跡を辿って各地を訪ねる。そしてその経験がそれぞれまとめ発表されている。
 日本で最初に「ノーベル物理学賞」を授与された(一九四九年)湯川秀樹博士に、ご自身が書いた唯一の自叙伝『旅人』がある。旅での気付きで人は劇的に成長変化するきっかけをつかむ様子が興味深く述べられている。本校でも私は、毎年この時期の生徒諸君の行事感想を感激して読ませていただいている。
 ところで、北半球の秋の到来で、地球規模の各種活動が活発になる。国際連合の総会が開始され、ノーベル賞授賞発表週間(十月三日から十月十日迄)が続く。
 今年の発表は、日本にとって少し残念な結果であった。
 自然科学三賞の受賞について、日本は二〇〇〇年以降、二十人が受賞しており、二十一年に真壁淑郎氏(プリンストン大)が受賞する迄、二年連続で日本人が受賞を逃したことはなかった。基礎科学に社会の注目が集まる貴重な機会だけに大変残念である。
 昨年、今年の受賞者の特徴は、新しい研究分野の開拓、産学一体となっての新技術の応用を探っていることと云える。
 今年の生理学・医学賞の受賞者は、カタリン・カリコ特任教授(米ペンシルベニア大)とドリュー・ワイスマン教授(同大)。二人はmRNAワクチンを開発し、Covid-19の制圧に貢献した。
 mRNAが持つ遺伝暗号は、リボソームで蛋白質という製品に生まれ変わる。ヒトにウィルスと同じmRNAを注射すると、ヒトの細胞内に「非自己」であるウィルス蛋白質ができて、生体防御反応の引き金がひかれる。実際のウィルスが体内に侵入しても、獲得免疫によって撃退される。
 mRNAは、簡単に改変できるので、変異種にも迅速に対応でき、ほかのウィルス性疾患の予防に応用可能だという。
 今回のCovid-19では大活躍したが、現在最も期待されている分野は「がんワクチン」への応用である。既に皮膚がんの一種を治療する「ワクチン」が開発され最終段階の臨床試験に入っているという。尚この開発の過程で重要な役割を果しているのが、日本の山中教授のiPS細胞であったことは附言しておきたい。また物理学賞の研究テーマは「アト秒」。この研究は半導体、量子コンピュータに決定的に有効。そして化学賞はナノ(十億分の一)が単位となる半導体粒子(量子ドット)の発見、合成が対象となった。最先端テレビ等に応用されている。
 自然科学のこれ等の研究に求められる我々人間の心構えは「宇宙に対する信念」であると岡倉天心は『茶の本』第六章「花」で述べている。そしてこの信念は自己への信頼から生まれ、その自信は誰かと比べるところではなく「花を愛でる」心から開かれるものと。
 自調自考生、どう考える。