「自調自考」を考える 第377号

 二学期終了。これから冬期休暇に入る。短いが、年の始めを迎える大事な時期である。有効に過ごしてほしい。
 旧暦では、今ごろを冬至初候、乃東生という。「乃東」は夏枯草の古い呼び方で初夏に花開く靭草のこと。花は夏から秋にかけて枯れて褐色に変じる。私達の先祖は靭草の花をとても好んでいたようである。
 尋ね行く武庫の山路や靭草
素丸
 ところで、冬至といえば柚子湯。かつては一年のはじまりだった冬至に、禊の意味で習慣化した。冬至と湯治。
 そしてこの時期「時雨」という美しい名で呼ばれる雨の季節でもある。初冬に降る通り雨のこと。
 しぐれの雨 間なくし降れば 真木の葉も
  爭ひかねて 色付きにけり
『万葉集』巻十 作者不詳
 龍田河 もみぢ葉ながる 神南備の
  三室の山に 時雨降るらし
『古今和歌集』巻五 読人しらず
 現在「ウエルビーイング国際比較」で問題となっている日本人の特徴的な「幸福感」「協調的幸福感」、他者との関係性や調和を基礎に、自分だけでなく周囲と共に幸せを感じることを重視する心は、こうした日本人の自然との調和をたのしむ態度・文化から生まれたものなのだろうか。
 文化心理学者は、幸福の最適値は文化ごとに異なるといっているが。
 ところで、今年は渋谷教育学園百周年の年となった。
 学校法人渋谷教育学園百周年記念式典が十一月十一日に挙行された。東京国際フォーラムで渋幕中学高校及び渋渋中学高校の全生徒、保護者が参加した。冒頭に理事長・渋幕校長の田村聡明先生による式辞、来賓として駐日英国大使館全権公使エミール・レベンドールー様、元文部科学大臣永岡桂子様、日本私立中学高等学校連合会会長吉田晋様からご祝詞をいただき、そして両校の生徒会会長の挨拶があり、最後に副理事長・渋渋校長の高際伊都子先生から祝詞があった。
 式典記念講演は東京大学総長藤井輝夫様による「多様性の海へ 対話が創造する未来」との題でなされた。大変興味深い講話であった。
 続いて第二部として関連校からのお祝い映像、百周年記念オーケストラ演奏として渋渋渋幕合同の二百人近い大勢によってエルガー作曲「威風堂々」が演奏され、客席の在校生による合唱もともなって会場は大いに盛り上がった。
 多くの関係者の方々、在校生、卒業生達からのビデオメッセージを挟み、最後に学園長による講話で式典は無事終了した。こうした記念行事は、周年を機として過去を振り返り、未来を予測するに大切な機会である。
 学園の過去百年のうち、前半は明治政府が欧米に追いつけとばかり、急速な近代化、現代化を図り、作り上げて実施された教育制度の不充分な部分を補うと考えられる「女子教育」を実施した。『女子教育』(下田次郎著)という名著が残されているように、日本では独特の教育分野として「女子教育」という言葉がある。そしてこの経験を基にして後半の渋谷教育学園は「人間教育」を目指す方向に移る。その中心的な考え方は、具体的には幕張中学高校創立時に明示された教育目標「自調自考」「国際性」「高い倫理感」である。
 明治維新による日本人の近現代国家造りは、欧州での一六四八年のウエストファリア条約の精神が基盤になるものであるが、出来てきた「大日本帝国」では、今一つ国の持つべき「道義心」が充分な信頼を国民に与えるものになっていなかった。
 英国留学で刺激され、晩年「私の個人主義」という有名な講演を残した夏目漱石は、日本国の道義心をあまり信用しておらず、個人の良質な道義心を忠実に育て行動することの大切さを説いている。(漱石は生涯一度も北海道に行ったことがないが徴兵制を実施されない北海道に自分の本籍を移している)こうした行動は作家森鷗外にもある。遺言で「個人として」という理由で国からの栄誉を全て拒んでいる。
 明治時代はこうした健全な批判精神の存在を認める健全性の豊かさが存在していた(岡義武『近代日本の政治家 その性格と運命』参照)。
 人間としての教育の目指す新しいものは、まさにより良く生きようと毎日生きる人の尊厳を大切にする、健全で良質な「個人主義」を育て、高い道義心の確立にあると考える。そして英国を代表とする諸外国との交流が支えとなるものだと考えている。
 「自調自考」以外の教育目標が作られた理由を述べたが、自調自考生、どう考える。